『無銘共通作家 みんなで小説☆企画』の原稿データ後半。このページは2014/2/21更新
---失われた原稿--- 45:砂漠の町のミュージカルその17 DESECRATOR 46:砂漠の町のミュージカルその18 DESECRATOR 49:腹黒い奴 その1 DESECRATOR 54:貨車の戦い その4 DESECRATOR 55:貨車の戦い その5 DESECRATOR 56:貨車の戦い その6 DESECRATOR 57:貨車の戦い その7 DESECRATOR 58:貨車の戦い その8 DESECRATOR 59:貨車の戦い その9 DESECRATOR 60:貨車の戦い その10 DESECRATOR 61:貨車の戦い その11 DESECRATOR 62:貨車の戦い その12 DESECRATOR 63:貨車の戦い その13 DESECRATOR 64:貨車の戦い その14 DESECRATOR 65:貨車の戦い その15 DESECRATOR 66:貨車の戦い その16 DESECRATOR 67:貨車の戦い その17 DESECRATOR 68:悪夢 その1 DESECRATOR 69:悪夢 その2 DESECRATOR 70:悪夢 その3 DESECRATOR 71:悪夢 その4 DESECRATOR 72:悪夢 その5 DESECRATOR 73:悪夢 その6 DESECRATOR 74:悪夢 その7 DESECRATOR 75:悪夢 その8 DESECRATOR 76:悪夢 その9 DESECRATOR 77:悪夢 その10 DESECRATOR 78:悪夢 その11 DESECRATOR 79:悪夢 その12 DESECRATOR 80:悪夢 その13 DESECRATOR 81:悪夢 その14 DESECRATOR 82:鎮魂 その1 DESECRATOR 83:鎮魂 その2 DESECRATOR 84:鎮魂 その3 DESECRATOR 85:ゴールド・ウィンド その1 DESECRATOR 86:ゴールド・ウィンド その2 DESECRATOR 87:ゴールド・ウィンド その3 DESECRATOR 88:ゴールド・ウィンド その4 DESECRATOR 89:ゴールド・ウィンド その5 DESECRATOR 90:ゴールド・ウィンド その6 DESECRATOR 91:ゴールド・ウィンド その7 DESECRATOR 92:ゴールド・ウィンド その8 DESECRATOR 93:ゴールド・ウィンド その9 DESECRATOR 94:ゴールド・ウィンド その10 DESECRATOR 95:ゴールド・ウィンド その11 DESECRATOR 96:ゴールド・ウィンド その12 DESECRATOR 97:ゴールド・ウィンド その13 DESECRATOR 98:ゴールド・ウィンド その14 DESECRATOR 99:Mr. ミサイルマン その1 DESECRATOR 100:Mr. ミサイルマン その2 DESECRATOR 101:Mr. ミサイルマン その3 DESECRATOR 102:Mr. ミサイルマン その4 DESECRATOR 103:Mr. ミサイルマン その5 DESECRATOR 104:魔将軍ドゴン その1 DESECRATOR ---復元できた原稿--- ■記号の前の数字は執筆当時の章番号 ■記号の後のテキストは章タイトル 次の行から章の本文、本文中の改行(複数で空行)はオリジナル原稿のママ バックアップ時期の前後により各原稿は最終版ではない可能性あり 一部はGoogle Cacheから手作業で復元のため作業ミスの可能性あり 29:■砂漠の町のミュージカルその1 DESECRATOR 「んー、いい風ー!」 水樹が屋根の上に腰を下ろすと、うっとり眼を閉じて伸びをする。 周囲は町を外れて人家も絶え、砂漠のような光景が広がり始めている。 まばらに生えたサボテンが、汽車のそばをビュンビュン通りすぎていく。 その時・・・・ ゴトン、とゆう音がして 三人の座る数メートル先の屋根の一部・・・・、人が一人通れるほどの大きさの鉄蓋がわずかに持ち上がった。 「あ、やべえ」ケンジ。 その細く開いた隙間の影から、ぎらぎら光る二つの目玉がジーっと三人を見つめる。 ゴクリと唾を飲む三人。 目玉の主はひたすら無言で、三人をジーっと見つめている。 ただひたすら、ジーーっと・・・・。 「ど・・・どーもー!」 沈黙の気まずさに耐えきれなくなった水樹が、かん高い調子っぱずれな声で思わず挨拶し、 「いやー、ははは("⌒∇⌒")これには少し事情がありまして」 弟がその後を引き取った。 あやは無言で胸をばくつかせている。 蓋がさらに数センチ持ち上がると、手が外に出てきて三人に向かい、ちょいちょいと招き猫のように手招きした。 「え・・・・何ですか?」 質問には答えず招き猫を続ける手に、三人がためらいながら顔を見合せていると 、焦れたように 「いいから・・・・いいから・・・こっち来(き)ンしゃい」 蓋が大きく開いてこの汽車の車掌らしい、骨ばった顔にちょび髭を蓄えた実直そうな男が、屋根の上に頭をのぞかせた。 「他の客の手前、大っぴらにはやれんが、荷物室で良ければ空いてるぞ」 「えっ?!いいんですか?」ケンジ。 「固い事は言いっこ無しだ」 「アザ〜ーーッス!!」 「座り心地は悪いが、そこが無賃乗車の 味わいと言うもんよ、俺も昔はよくやったもんさ。あー、ガキの頃は知らない景色が見たくて、意味も無く汽車に潜りこんじゃ、見つかって放り出されたもんさ。・・・・やるかい?」 うず高く積まれた木箱に背中を持たせかけた男の言葉にケンジが頷くと、男は手中の ウィスキーの小瓶を軽く放った。 空中でそれを奪ったケンジが、さっそく二三口中身を空ける。 「ぷはー!!」 「いい飲みっぷりじゃねーか、ワハハ」 男は懐から別の小瓶を取り出して自分もグビグビ飲むと、軽い酔眼で上機嫌そうに、土嚢袋に腰を下ろした三人を見回している。 どうやら話相手に餓えていたらしい。 「ところでお前らどこへ向かって旅してるんだい?」 「実は神のぺ・・・・!!」 喋りかけた弟の口を、隣りに座る姉の手が凄まじい握力で素早く塞ぐと、顔を青くしてじたばたもがく弟を尻目に 「田舎の父の具合が急に悪くなって、どうしてもクレタの町へ戻らなくては成らなくなって、悪いとは知りつつもついつい・・・・」 一気に喋り終わると、弟を開放した。 男はゲホゲホ咳き込むケンジと済まし顔のその姉をじろじろ見ていたが、やがて(まあ、いいや)とでも言いたげに 「ふうん」と頷くと、またウィスキーをぐびりと飲み今度は急に無言になってしまった。 だがアヤはそんな男の酔眼が、ケンジが「神のぺン」と喋りかけた時に、瞬間だけキラリと光ったのを見逃さなかった。 まさかこの車掌さん、何か知ってるんじゃ! 30:■砂漠の町のミュージカルその2 DESECRATOR いや、 知っている・・・・ この人は・・・・ 知っている・・・・ 父に鍛えられたメンタリストの才能が、 いまアヤの内部で起動した。 知りたい・・・・ 私はそれを知りたい!! 31:■砂漠の町のミュージカルその3 DESECRATOR 何でもいいから、話のきっかけを作らないと・・・・ 「あ・・・・あの・・・・」 「んあ?」 無言でちびちび瓶に口を付けていた男が、初めてアヤの存在に気付いたようにジロリと酔眼を向ける。 「運転席って他に誰かいるんですか?」 「別にいないけど・・・・何で?」 「ええっーーっ?!」三人。 「降りる・・・・すぐ降りる」 腰を浮かしかけたケンジを見て、三人の怯えぶりにやっと合点がいったように、 「あ?あーあー、大丈夫、大丈夫だから!心配せんでも!人工頭脳だから! 見かけはC62型蒸気機関車だけど、内部は超最先端の科学技術。操縦とか全部こいつが判断してやってっから! (ここで男は床を拳でゴン、と叩いた) 車掌なんて、いてもいなくても一緒! 飾り!飾りだから!」 そう言った後落ち込んだように肩を落とす。 「何もかも最近は自動化が進んでるからな・・・・。オートマチックになってから五年ばかりは、仕事らしい、仕事もしてないわ。せっかくの運転技術も黴が生えちまわあ。 まあ、お陰さまで読書の時間が増えたのは、喜ばしい事だがね」 現状に不満があるのか無いのか、よくわからない事を言うと懐からボロボロの文庫本を取り出して、読書とはおよそ無縁そうなゴツゴツした手でぱらりとぺージをめくり出す。 エロ小説か? とケンジがタイトルを見ると、 ジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」だった。 男は本を読み出すと、三人にはすっかり感心を無くしたように紙面に集中している。 「あ・・・・あの・・・・すいません」 アヤがふたたび声をかけると、 なんだよ、うるせーな、と言いたげに男が顔を上げた。 「神のぺンについて何かご存じありませんか?」 水樹があちゃーっ!と言う顔でアヤのほうを見た。 「ほう・・・・」男の眼の中から酔いが消えた。 「あんたら、神のぺンを探してるのかい?俺は見た事あるぜ、遠い昔の話だがな」 「えっ?!」 「えーーっっ!!まじでえーー?!」 32:■砂漠の町のミュージカルその4 DESECRATOR 「うん、マジで。話聞きたい?」 「はい!聞きたい、聞きたい!」 身を乗り出す三人に、 「んー、どうしよっかなー」 顎に人指し指を当てて天井を見上げたちょび髭男に、 (お前はローラか!) 思わずツッコミを入れそうになりながらもグッとこらえて、 「そこを何とかお願いしますよ、旦那」 ケンジが言うと、 「土下座する?」 ニヤリと笑ったので 「そこまでしたかねーよ!!」 とっさに怒鳴っていた。 「いや、冗談だから。でも話長くなりそうだし、また今度にしとくわ」 その時・・・・ 水樹とケンジの傍らで危険な『気』が グッと脹れあがった。 黒い塊が男の眼前に迫ると、一人の少女がその胸元を掴み、床上数センチ持ち上げている姿を、姉弟は呆然と見ていた。 「何でー?!教えて教えて教えて教えて教えてよーー?!いつ話すのー?! 今でしょー?!」 「ぐ・・・・ぐるじぃーーっ」 「おい!落ち着け、アヤ!!」 ケンジの言葉にはっと我に返り、アヤが両手を放すと、座った姿勢のまま男の尻が床に落ちた。 ハアハア胸を喘がせるアヤを見て、 やれやれ、と男は頭をかいた。 「女の子にそこまで頼まれちゃ、いや とも言えんか・・・・」 「価値ある情報なら謝礼は出そう」 水樹が言った。 「ンなもん、要らねーよ。そのかわり ひとつ約束して欲しい事がある」 「何でもどーぞ」 「絶対に俺が話し終わった後、『あり得ねー!!』とか・・・・言わないでくれ」 「わかった、約束する」 水樹が言うと、あとのふたりもしきりに、ウンウンと頷いた。 「絶対だぞ」 男は念押しすると、その眼が細くなり遠くを見つめる眼差しへと変化していく。 「俺があれを見たのは、ガキの頃の話だ・・・・」 あまり悲しい事ばかりで どこか遠くへ旅に出ようと ポケットに思い出つめこみ ひとり汽車に乗ったの 汽車の窓の外を走り抜ける 昨日までの私の苦い人生 もう二度と戻ることのない この町ともさようなら もう涙なんか枯れてしまった 明日からは身軽な私 風のように自由に生きるわ ひとりぼっちも ああ 気楽なものさ 眼をとじて 心も閉じて 開いた本もとじてしまえ 私は風 私は風 終わりのない旅に出かけるの 私は風 カルメンマキ&OZ 33:■砂漠の町のミュージカルその5 DESECRATOR 「あの頃は親父は飲んだくれ、母親はヒステリーで、四六時中喧嘩が絶えない家にいるのが嫌でよー、おまけに学校にも何か馴染めねーし、・・・・そんな訳で俺はさっきも言ったと思うが、年がら年中汽車に無賃で潜りこんでは家出を繰り返していたんだ。 どこへ行こうとか、目的地があるわけじゃねー。 ただ、汽車に乗り込んでどこかこことは違う場所へ行きたかった。 荷車の小さな四角い窓の外を、見知らぬ景色が流れていくのを眺めていると、 言い知れぬ寂しさと同時に、汽車がどこか想像も出来ないすばらしい世界へ、俺を運んでくれるような気がしたもんさ・・・・。 だが世の中は、そう甘いものじゃねえ 。無賃常習犯の俺は、よく車掌に見つか っては汽車から叩き出されていたよ。 親切な奴はわざわざちゃんとした駅で 汽車を止めて、帰りの路金までくれたけど、そうで無いのは無言で走る汽車から外へほっぽり出す奴もいたな。 まあ、そうゆう場合でも川とか何も無い草っぱらが多かったから、比較的命の危険を覚えるほどの事は少なかったけどね・・・・。 それでもヤバイ時は何度かあったよ。 そう、あの時放り出されたのは、砂漠のど真ん中だった。 砂にうつぶせに突っ込んだ衝撃で俺は 気を失っていたようだが、すぐに息苦しくなって意識を取り戻すと、線路とまばらなサボテン以外、見渡すかぎり何も無い砂漠に取り残されている自分に気付いた。 もう大分太陽が傾いて、地平線がやや赤みを帯びる時刻だ。 砂漠には暗い影が差し、何だか別の惑星にでも置き去りにされたような気分になった俺は、急に恐ろしい孤独感に襲われて、線路沿いにやって来た方向へ夢中で走り始めた。 まあ、ガキの体力じゃたかが知れてる。 すぐに力尽きて砂の上で四つん這いになっちまったがね。 夜の暗闇の中、一人で砂漠の真ん中で過ごさなければならない事実に今更ながら気付いた俺は、地平線を血のように染めて沈みつつある太陽を、半分放心して 絶望的な気分で眺めていた・・・・。 その時・・・・俺は見たんだ、あれを」 三人が身を乗り出す。 34:■砂漠の町のミュージカルその6 DESECRATOR 「竜巻だった・・・・」 三人が、ガクーンとなる。 「ちょっと、あんたー!」と言いかけるケンジを、水樹が制する。 男は淡々と話し続ける。 「そう思ったんだ、初めは・・・・。 竜巻に見えた・・・・。 赤く染まる地平線の辺りで、雲間から出たそれが、黒い蛇のようにうねうねと地上へ向かい伸びているのが、残照の中でぼんやりと見えた・・・・」 「間違いない。それは、竜巻・・・むぐ・・・・」 ケンジの口を水樹の掌が塞ぐ。 「俺はもしあの竜巻がこちらへ向かって来たら、どうしようと思いながらも逃げる事もせず、そこにつっ立ったまま恐ろしくも幻想的な光景を見つめていた。 そうは言ってもまだまだ遠くだし、自分の所に来るはずなんて無いと、心のどこかでは思っていたからな」 水樹が掌を放すと、 「ゼハーー!!」 ケンジの喘ぎが大きく響き、男がちらりと姉弟のほうを見る。 水樹が気にせずどうぞ、と眼でうながした。 「すると不思議な事が起こった。何も無いはずの地平線近くで、ポツリポツリと町の明かりのようなものが灯り始めたんだ。ひとつ・・・・ふたつ・・・・見る見るうちに明かりの数は増えていく。 俺にはそれが、空から伸びている竜巻の下で生み出されているかのように見えた。 まるで・・・・、雲の上から途方も無く巨大な何者かが竜巻並のでかいぺンで 、地上をキャンパスにして何かを描こうとしているかのように・・・・」 「まさしく『神のぺン』だな・・・・」 水樹の眼がいつもに増して鋭く光っている。 アヤがゴクリとつばを飲みこんだ。 「呆然と見つめる俺の視界の前で、やがて、夜の大都会のきらびやかな姿が地平線近くに出現した。 太陽はすでに沈みかかっていたが、上半分は青黒い星空、下半分は赤黒い残照の中で、俺はわずか数十分の間に何も無い所からひとつの街が作られるのを、確かに見たのだ。 そして・・・・その街が陽炎のように揺らぎながら、ぼんやりと消えてしまうのを。」 男は喋り続けて渇いた喉を湿らせようと、ふた口ほどウィスキーを飲み、 話し続ける。 「それだけで済みゃあ、良かった。 時が経てば『あれ』はガキの頃に見た夢みたいなものだったんだと、記憶がぼんやりするにつれ、自分に誤魔化す事も出来るだろうからな。 だがそれだけでは終わらなかった。 気が付くと闇の中、ゴウゴウと轟く風の音がこちらに向かって近づいていた。 俺は走った!泣きながら走った! 小便を漏らしていたが知ったこっちゃ無かった。 風の音は凄まじいほど高まり、俺は両手で耳を塞ぎながら絶叫していた。 よく鼓膜が破れなかったと思うよ。 音は耳を塞いでも、耐えられないほどのでかさだったからな。 俺は今、あの竜巻の中にいるのだ、と悟った 瞬間、自分の卑小さに全身の力が抜けて地上へ転がり、胎児のように丸くなった。 思考は完全に麻痺していた。 そして、またあり得ない事が。 今、夜の砂漠の砂嵐の中で横たわっていたはずの俺が、次の瞬間には突然ぽかぽかと春の陽光が降り注ぐ芝生の上にいたのだ 。 そして俺は孤独でも無かった。 俺のまわりでは様々な人々が行き交っている。 俺が起き上がった場所はどこかの自然公園の中だった。 俺は休日に公園にやって来たとゆう風体の家族連れや、その他の人々の中を通り抜けて公園の外に出た。 目の前には何の変てつも無い住宅街が広がっていた。 そこで俺は気付いた。 そこが見覚えのある場所だとゆう事に・・・・」 「・・・・・・・」 35:■砂漠の街のミュージカルその7 DESECRATOR 「そこは三年前に死んだ、大好きな祖母の住んでいた町なみだった。 祖母の生きていた頃は、実家に居たくない時の避難所でよく訪ねていたから、よく覚えてる。 公園の事も思い出した。昔両親が今と違って仲が良かった頃に、家族で遊びに来た思い出のある場所だ。 公園と祖母の家の近所が隣接しているのは地理的におかしいが、俺が迷いこんだこの世界は、何故か俺にとって心地よいもので 構成されているように思えた。 俺は押さえきれないときめきを覚えて、 駆け出していた! 祖母の家に向かって・・・・! 考えてみれば祖母は三年前に死んでるのだから、そこへ行ったからといって会えるはずが無いのだが・・・・。 その時の俺は、少しおかしくなってたんだろう。 あの竜巻はきっとタイムトンネルか何かで、俺の強い願望が幸せだった過去の世界に、俺自身を導いたに違いないと、何となく納得したんだ。 そんな訳で喜び勇んでどこかの家の角を曲がった次の瞬間、いきなり目の前の 視界に、こちらに迫る車の姿が飛び込んで来た! もはや避けようも無い距離! 終わった!思わず目を閉じる俺。 凄まじい衝撃の後、空中に舞う自分の姿を想像する。 何も起きなかった。 恐る恐る目を開けると目の前に車はいなかった。 後ろを振り返ると、何事も無かったように家の角を曲がって行く車の姿が見えた。やはりこの世界はただの幻覚なのか? 俺の頭の中で、安堵と失望の交じった気持ちが交錯する。 俺は試しに傍らのコンクリートのブロック塀に、恐る恐る触れてみた。 俺の手は泥沼の中に手を突っ込むような感触と共に、ズブズブと塀の中にもぐりこんでしまった。。 慌てて手を引き抜くと、そこには穴が開くわけでも無く、その部分だけがぷるぷるとプリンのように震えながら、元の状態に戻っていく。 どうやら完全な幻覚では無いらしい」 36:■砂漠の町のミュージカルその8 DESECRATOR 「俺はとりあえず祖母の家に向かう事にした。そうしながらも壁や電柱、樹木などに触れて感触を確かめてみる。 もしこの世界があの竜巻・・・・神のぺンによって生み出されたものならば、その原因が時間経過がもたらすものなのかは分からなかったが、指先に伝わる感触は次第に確固とした現実的な存在感を示し始めるのだった・・・・。 俺は木の枝から葉を一枚引きちぎる。 微かな湿った感触を指先に覚えながら、それをすりつぶす。 指先には葉の汁が付着し、鼻先に持っていくと匂いを嗅いでみる。 青臭い匂い・・・・。 間違いない。これはすでに現実そのものだ・・・・。 そうこうしているうちに祖母の家の玄関の前にたどり着いた。 表札には祖母の名前が刻まれていた。 恐る恐る呼び鈴を押してみる。 返事は無い。 一瞬馬鹿馬鹿しさが頭の中を支配しかけたが、思いきってドアのノヴを回してみた。 鍵はかかっていなかった。 そう・・・・いつも通りに・・・・。 『おばあちゃん・・・・いつも言ってるじゃないか・・・・ちゃんと、鍵をかけとかないと、無用心だって・・・・』 そう喋る俺の声は震えて、気が付くと頬を涙が伝い落ちていた。 廊下の奥からポメラニアンがすっ飛んで来ると、狂ったみたいに尻尾を振り回しながら俺の膝に飛びついた。 俺がかがみこむと、小さな舌で首をぺろぺろ舐める。 ちなみにこいつの名前は『黒澤明』・・ ・・、当時はすでに桜の木の下で骨と化しているはずだった。 しかも飼っていたのは実家で、祖母の家では無い。 そして・・・・思わぬ再開に喜ぶ俺の 鼻腔には、祖母の作るホットケーキの甘い香りが・・・・ 」 37:■砂漠の町のミュージカルその9 DESECRATOR 「俺は本当に踊りだしたい気分だった。その時の気分をあえて音楽に例えるとするならば、デヴィッド・ボウイのレッツ・ダンスだ」 「わかんねえよ」 「そんな訳で俺はすっかりデヴィッド・ボウイ気分で、軽やかなステップを踏みながら台所へ入って行った。 黒澤明が足下にまとわりつくので、少し踊りづらかったがな。 台所ではおばあちゃんがこちらに背中を向けて、フライパンにホットケーキの 材料を入れている。 いつものようにおばあちゃんは、こちらを振り返りもせずに、 『今日は随分と早い時間に来たんだねえ。もうすぐ焼きあがるから、そこの 椅子に掛けておいで』 のんびりした口調で言う。 おばあちゃんには気配だけで、俺だとわかるようだった。 俺はテーブルの椅子を引くと、いつもよりかしこまった態度で大好物のホットケーキの完成を待つ。 そして・・・・テーブルに出されたそれを食べると・・・・」 男の眼が遠くなり、まるでたった今そのホットケーキを食しているかのように、 口がモグモグ動いた。 「それはもう二度と食べる事は出来ないだろうと思っていた、『おばあちゃんだけが作り出す事の出来る、あの 風味』だったのだ。 その瞬間・・・・現実が夢に・・・・夢が現実にと変わった。 俺のこの世界に対する疑いが完全に消えた瞬間だった・・・・」 38:■砂漠の町のミュージカルその10 DESECRATOR 「俺はそこで一週間過ごした・・・・ 。朝起きると、黒澤明と共に家を飛び出し、町の背後に広がる山の中を夕暮れになるまで探検し、カブトムシを捕まえたり渓流での魚釣りを飽く事もなく楽しんだりした。 すぐに気付いたのは、その山もまた随分前に学校の遠足で来た事のある、俺にとって楽しい思い出のある場所だとゆう事だった。 そこはまるで、俺の記憶の継ぎはぎで作られた世界のようだった。 俺がその世界の全体を見ようとして、 夕暮れ、山の上から下界の町を見下ろすと、いつも地平線のほうは霧でかすんで見えなかった。 あたかも、町の外には世界など存在しないかのように。 そして夕暮れのそんな時間には、黄金色にキラキラ光る砂粒のようなものが無数に空中を舞っているのが見えた。 その砂粒のようなものはそこらじゅうに舞っているとゆうのに、手で触れようとしても、決してとらえる事は出来ない・・・・そう・・・・例えるとすれば、映画館の闇の中で映写機の光がスクリーンに向かって伸びているのを、見た事はあるだろう? キラキラ光る砂粒はあれに似ている。 幻の世界を生み出す光の元素・・・・ 「・・・・・・・・」 「その黄金色のきらめきに魅せられいつの間にか、 夕闇が濃くなって来ると、いつも俺は 得体の知れない恐怖に襲われ山から町に向かって駆け降りて行ったもんさ。 何を恐れたかって? 夜の闇と共に町そのものが消えてしまうんじゃないだろうか? そんな不安感が見えない鎖で俺の心を縛りつけていたんだ。 俺の愛する世界が幻のように消えてしまう。 ちょうど映写機の光がスクリーンに写し出す幻のように・・・・。 町へ帰り着きおばあちゃんの顔を見た時の 、あの安心感と来たら・・・・。 あの一週間はそんな不安と安心の間を、振り子みたいに揺れ動いていた。 だがどんな事にも終わりがやって来る 。 憎むべき終わりの時が・・・・。 俺達の宇宙を支配する、憎むべき熱力学第二法則だ! 宇宙は最終的には冷えきって、星も時間も無くなり全てが冷たい虚無に帰る・・・・ とゆう、あの冷酷残忍なる化学だ! そのくそ食らえな化学の法則に従うかのように、終わりの時は来た。 一週間後の夕方の事だった。」 39:■砂漠の町のミュージカルその11 DESECRATOR はしゃぎ疲れて胸の熱奪う妖精よ 月明かりさえ忍び足で朝を招く 傷ついた羽根をひろげ無理して 翔んだあの頃 飾る言葉も逃げ出した微笑み見つめ なぜに震えた 初めてじゃない温もりに まどろむ身体浮かべ ざわめき忘れ去る 白い奇蹟 このまま時を止め かりそめ描いた 絵の中へ そのまま飛びこんで誰も知らない 秘密の色に 白い時間と背中あわせてる涙お前だけ に 傷ついた羽根をひろげ無理して 飛んでた頃 出会えたなら このまま時を止め あやまち描いた絵の中に そのまま溶けこんで 全ての季節 染め直して このまま時を止め かりそめ描いた 絵の中へ そのまま飛びこんで 誰も知らない秘密の色に 白い奇蹟 聖飢魔U 40:■砂漠の町のミュージカルその12 DESECRATOR 「いつものように陽が沈む前に家へ戻ろうと山を降りて来ると、町の様子が少しおかしかった。 夕方のその時間はいつもなら人の往き来は結構あるはずなのに、町にはひとっこひとり見当たらない。 代わりに道のあちこちに、しわしわになった上着やズボン、スカートやら何か・・・・様々な衣服が、無造作に散らばっている。 まるで住民が総出で素っ裸になって、町から逃げ出したような有り様だ! 想像すると笑ってしまう状況だが、あるものを見て、俺の中では不安が大きく ふくれあがった。 道の真ん中で行き倒れたような格好で横たわる人の頭の部分・・・・そこに砂の小山が出来ていた。 ちょうど頭の大きさに。 砂は上着の首の所からあふれ出しているように見える。 さらに腕の袖口から出ている砂の堆積は、五本の指を備えた手の形をしていたが、風に吹かれると、見る間にこんもりとした、ただの砂の固まりに変化していった。 塀に突っ込むように車が止まっていた。 中には服と砂の山。 ちょうど人ひとり分の体積の砂が・・・ ・。 ご丁寧にも主を失った上着の腕は、だらんとハンドルにかかっている。 俺が車体に触れると・・・・車は・・・ ・・崩壊した。 俺は思わず、悲鳴を上げて飛び退いた。 赤かったボディーさえも崩壊後色を失い 、単なる黄色い砂の山になってしまうのを見るにおよび、俺は完全にパニくりながら、 助けを求めるように周囲を見回した。 俺の視界の中で生きているものと言えば 、小さな舌を垂らしてキョトンと見上げてくる黒澤明一匹しかいない。 その黒澤明の内部から漏れ出すように、 黄金色にキラキラ光る粒子が立ち上っている。 俺が見ているうちに、艶々した茶色の毛並みが、くすんだ生気のない砂色に変わっていく。 変化したそれは、もはやポメラニアンの姿をした泥人形にしか見えなかった。 そして・・・・今まで生きて動いていた事自体が冗談だったかのように・・・・ 黒澤明も砂山となった車と同じプロセスを辿って・・・・崩壊してしまった。」 41:■砂漠の町のミュージカルその13 DESECRATOR 「風が吹き、黒澤明だった砂山をさらっていこうとするのを、俺は四つん這いになって必死にかき集めようとする・・ ・・」 男がまるでその瞬間を再現するように、 汽車の床に四つん這いになり、自分のまわりから何かをかき集めようとする姿を、三人は見た。 「そんな事をしたって、黒澤明が生きかえるはずは無いのにな。 だが、その時の俺は必死だった」 男が膝を付いたまま上半身を起こすと、 自分の両の手のひらを見つめている。 男の精神だけは過去へ戻り、たった今、 手のひらからこぼれ落ちていく砂粒を 見つめているように。 男はじっと見つめる三人に気付くと、 はっと我に帰って居ずまいを正し、肩をすくめた。 「消えちまったよ。まさしく土に帰ると言うやつさ」 42:■砂漠の町のミュージカルその14 DESECRATOR 「気が付くと周囲には、五六メートルしか視界が効かないほど、黄金色にキラキラ光るあの粒子で大量に充満していた。 周囲のあらゆる物体の中からにじみ出すように立ち上り、ある程度の量に達すると、それが抜け出した物体は砂化していくらしかった。 塀が・・・・電柱が・・・・ガードレールが・・・・家が・・・・もっと大きな建物も・・・・次々と地鳴りのような音を立てて崩れ落ちていく・・・・。 俺は夢中で走る・・・・ 家へ向かって・・・・ おばあちゃんの家の前にたどり着いて、 ぎょっとした。 忌々(いまいま)しい黄金色のキラキラが、火事の煙のように空に向かい上がっていたからだ。 ざっけんじゃねーー!! 何に対してなのか分からぬまま叫び、 ドアを乱暴に開く。 反動で崩壊したドアにも目をくれず、台所をくぐり抜け、居間へ ・・・・ 居た!!!! おばあちゃんはこちらに背中を向けて 、愛用の籐の椅子に腰かけ、窓辺から 外の景色を見ているようだった。 こんな異常な景色を見ていながら、しんと静まり返っているのは不気味だったが、そんな事よりも安堵と喜びのほうが大きかった。 俺は胸をドキドキ痛いほど高鳴らせながら、 おばあちゃん町が大変な事になってるんだ何もかも壊れて崩れてくんだ人も車も電柱もガードレールも黒澤明も砂になってしまったきっと姿の見えない死神が やって来たに違いない早くここから逃げるんだ死神がやって来る前に僕と一緒に逃げるんだ!!!!! 息が続かず、ぶっ倒れそうになりながらも、一気にまくし立てた。 43:■砂漠の町のミュージカルその15 DESECRATOR 「するとおばあちゃんは、ゆっくりふり返ったんだよ・・・・いつも通り静かで穏やかな笑みを浮かべて・・・・・。 とうとうお別れの時が来たみたいだね はあ?何が?何言ってんの? もう時間だよ。おばあちゃん、今住んでる所に戻らないといけない。 そんな事はあ!ないいい!!!!! 俺は錯乱してわめくと、おばあちゃんの手を掴んで椅子から引っ張りだす。 おぞましい事に、間近で見るとおばあちゃんの顔の表面にあのキラキラが無数に浮かんでいる。 俺はまわりの空間に意味も無く腕を振り回し叫んだ。 消えろ!向こうへ行け! 消えちまえ!死神めえええ!!! とにかく逃げるんだ!! おばあちゃん、ちょっと辛いかも知れないけど我慢してくれ!! おばあちゃんの手を引いて、家を飛び出す どれくらい走っただろうか? 黄金色の光の乱舞する中を・・・・ 視界は黄金の闇だった・・・・ やがて後ろから微かな声が聞こえてきた ごめんね・・・・おばあちゃん本当にもう行かないと駄目なんだよ・・・・ これからいろいろ辛い事悲しい事もあるかも知れないけど・・・・ 元気でがんばってね・・・・ 負けるんじゃないよ・・・・ お前ならきっとがんばれるよ・・・・ ふっ・・・・と今まで腕にかかっていた重さが消えた。 俺の手はおばあちゃんの手を相変わらず握りしめているのに・・・・ 重さだけがなくなってしまった。 俺はゆっくりと振り返る・・・・」 44:■砂漠の町のミュージカルその16 DESECRATOR 「おばあちゃんの手首から先が無くなっていた・・・・。 俺の手の中でおばあちゃんの手が・・・ ・グシャリと、泥の固まりみたいに砕け散った。」 男がまた、自分の手のひらを見つめている。 男は今、過去にいる。 愛する人の最後の物体の名残りが消えていくのを、見つめている。 三人にはそれがわかった。 「俺は泣きながら、周りの砂を狂ったように掘りまくった。 そうしながら時々、天に向かって拳を突き上げては、ガキが思いつくかぎりの ありとあらゆる罵詈雑言を叫びまくっていたように思う。 辺りは地上から天に向かって立ち上る、 黄金の輝き以外何も見えず・・・・ 俺の心は神だか悪魔だかわからないが、 おばあちゃんや黒澤明、あの山や川、 俺の愛する世界を奪おうとする何者かに対する怒りで、煮えたぎっていた。 それからどれくらいの時が経っただろうか? 気が付くと周りの黄金のキラキラが大分少なくなって、周囲の風景が見通せるくらい視界も回復していた。 俺がいるのは、一週間前に汽車から放り出されたあの砂漠だった。 俺の周囲からは黄金の粒子が、夜空に ゆっくりと登っていく・・・・。 上空では凄い量の雲が密集して、巨大なうず巻きを作りだしていた。 黄金色の粒子は全て、そのうずの中心に向かって吸い込まれていく。 キラキラ光る粒子が空中でぶつかりあうと、何とも懐かしいような、もの哀しいような音色の メロディーを奏でていた・・・・」 47:■何者? その1 DESECRATOR 「まあ、泣かせる話だけどね、そんな事はあり得・・・・」 言いかけたケンジの下顎が、左横へ十五センチほどズレた。 ズラしたのは真横にいる水樹の拳だ。 ケンジは拳が引いていくと、まずは傾いたシルクハットを直し、次に両手で左右から下顎をはさむと、右横へ十五センチほどズラした。 ゴキっとゆう音がして、外れた顎が 元通りに戻ると、 「・・・・るかも知れないね。世の中には信じられない不思議な出来事が、たくさんあるからね」 何事もなかったように言って、その後は(たららら♪たららら♪)とスティーヴン・スピルバーグ監督のトワイライトゾーンのテーマ曲を、ごまかすように口ずさむ。 「無理して信じなくてもいいさ。俺だって自分で体験したわけでも無いのに、 人からこんな話を聞いたって信じねえだろうから・・・・。 よく言うだろ?信じるか信じないかは 、あなた次第ってな。 わーははは!」 「いや、実に興味深い話だった。後で 謝礼金は払わせてもらう」と水樹。 「いいって事よ。こっちは話相手がいなくて寂しかったとこなんだ。 いい時間潰しになったぜ。 おっとそろそろ駅に着く頃だな」 やっこらせ、と立ち上がり、客室へ続くドアの方へ向かう。 ドアに手をかけた男は一瞬だけ振り返る 。 「乗車下車は勝手にやってくれ。この 貨車は無料部屋だ。ただしあんまりおおっぴらにやられても困るがな。」 ドアを開けて客室側から閉める間際、その背中が 「見つかるといいな・・・・あんた達の探し物が」と言い、ドアにさえぎられて消える。 男がいなくなるとケンジが言った。 「姉貴、ホントに今の話を信じるのかよ」 「私、信じるわ」泣き晴らした顔で アヤが言う。 「いや、君に聞いたんじゃなくて」 水樹は弟の質問に答えず、宙を睨んで 何か考えている。 不意にぼそりと、独り言のようにその唇が動く。 「十五年前・・・・『神のペン実験』 ・・・・」 「へ?何の話?」 キョトンとした顔の弟に、なお答えず、 「む!」座っていた水樹が、ガバッと 警戒するように膝だちになった。 ゼロコンマ一秒で腰の鞘から抜き放たれた白刃が、ギラリと光る。 「あ、姉貴?!」 刃の先端がケンジの方向を向いて止まった。 48:■何者? その2 DESECRATOR 「動くな!」 なまじ顔の造作が整っているだけに、目を吊り上げ睨みつけられると、美しき 夜叉のような迫力がある。 「あ・・・・姉貴、そこまで怒らんでも ・・・・」 こわばったケンジの顔面に、ふつふつと冷や汗がわきだした。 「しっ!」水樹が鋭く制する。 刃先がスーっとケンジの頭上に持ち上がる。 このままケンジを一刀両断するつもりなのか? と思いきや、それが右横へすっと三十センチ動き、今度は左へ一メートル移動した。 「え?え?あたし?!」 怖じ気づいたアヤの声が上がる。 今や水樹の両目は半眼になっている。 まるで体内の特殊なレーダーで、何かを感知しようとでもするかのごとく。 「破ーーっっ!」 つややかな唇から烈拍の気合いがほとばしり、薄暗い車内で白刃の生み出す稲妻が走り抜けた。 着物のスリットから白いふとももを覗かせ、刀を振り切った姿勢で動かぬ水樹の腹の底から、深い吐息が漏れる。 アヤが頬を両手ではさみ、口をオーの字にして水樹の足下を注視している。 二つに絶ち割られた蜜蜂の屍。 だが、晒された体内でジジッと音を立てて鳴った火花は、この蜜蜂が自然が生み出した命では無い事を物語っていた。 「電機蜂(マシン・ヴィー)か? 妙な視線を感じると思えば・・・・」 「ちくしょー、どこのどいつだ?! 盗撮野郎はー?!」 ケンジが毒づきながらステッキで踏みにじると、電機蜂の屍が細く黒い煙を上げた。 50:■腹黒い奴 その2 DESECRATOR いい加減話しかけてくる老婦人がうるさく感じられてきたので、さりげない拒絶を示すために、ジャケットの内側から 暇潰しのために購入したライトノヴェル 『俺が腹黒で野心家すぎるのはお前達があまりにもミーハーで愚民すぎるからだ』を取りだし、パラパラとめくり始める。 そうしながらも、頭の中では神のペンを手にした者にもたらされるであろう利益について想いを巡らす。 修海の思考をさえぎるように、あーーっ !甲高い老婦人の声が鼓膜に突き刺さった。 「そのラノベ、『俺がイケメンでモテモテハーレム状態なのはお前達があまりにもブサメンだからだ。そうなのだからショーがないのだ』を書いたのと、同じ作者じゃありません事?! 私もものすごいファンですのよ!」 「ほう、そうですか・・・・」 「ねえねえ、知ってますう?今その作者、『人生楽ありゃ苦もあるさ』の作者と、盗作問題とかで裁判で係争中らしいんですって! ほんと、どっちが勝つのかしら? どう思います? 私あの作者の『くたばれエセ人権弁護人』てエッセイだけは面白いと思ったんですけど、他の小説とかはイマイチつまらなくて、いつも途中で放り出しちゃうのよねー」 修海がコホンと咳払いした。 「あー、宜しいかなレディー?」 「何ざんしょ?」 「まず私が言いたいのは、決してラノベ全般を批判するつもりはないとゆう事だ。 ラノベを読むのも構わないと思う。 しかし時には文学とゆうものに触れるべきだと私は思う。 文学に触れるとゆう事は、人生に対して思索するとゆう事なのだ。 人はどこから来てどこへ行くのか? この世界の真の意味とは?! あなたは今までそうした事を考えた事があるかね?!」 修海の声がだんだん激してくる。 「人は素晴らしい文学に触れる事によって、そうした思索の入口に立つ事ができるのだよ。 私にはあなたとゆう人間が見える。 若いうちにセレブな男を捕まえて見事に玉の輿。 結婚後にはブランド品でその身を飾り立てて、一般庶民に対して優越感にひたる事で幸福感をおぼえる。 そして老後は亡夫の遺産で遊行ざんまい 。 見て、私こそ人生の 勝利者よ、とでも考えているのだろう? あなたは正しく、そして間違えている。 正しいとゆうのは、庶民などとゆう者達は所詮は愚民の集まりに過ぎず、優れた支配者の下で初めてその真価を発揮できるとゆう事だ。 間違えているのは、あなたが感じる幸福と勝利感とは所詮は人から与えられたもの・・・・言うなれば、寄生虫がおぼえる類いの低い幸福感に過ぎない。 私から見ればあなたも愚民のひとりに過ぎぬ。 人間の真の勝利と幸福とはぁあああ!! 」 雷に打たれたように見つめる老婦人の前で、修海は顔面を上向けて目を閉じ、 拳を握りしめた。 「誰から与えられたものでもなくーーっっ! 自分のこの手でーーっっ! 知恵とぉーー! 力でーーっっ! 掴んだものなのだーーっ!!!!!!」 「ひぃいーーっっ!」 「私は今ーーっっ! その真の幸福と勝利へと至る道を思索している最中なのだーーっっ! 愚民であるお前が、この真に優れた 存在たる私の、貴重なる時間をさまたげるなーーっっ!! それは神をも恐れぬ冒涜行為なのだーーっっ! お前のうさぎ並の脳ミソでも、少しは 思考する能力があるならば、そのやかましい口を閉じていろ! 二度とは言わん! 二度目を聞く前にお前は汽車の外に放り出される事になるからだーーっっ!! わかったかーーっ?! この腐れアマがーーーっっ!!」 老婦人は白眼になって失神してしまった 。 修海はその様子を見ると、今の激昂ぶりが嘘のように急に平静に返って、 「どうやらわかってくれたようですな 。 いや失礼した。ついつい熱くなってしまった。 私とした事がレディーに対して、下品な事を言ってしまった。 おわびと言っては何だが、後でこの 作者のデビュー作品で貴重な絶版本を お送りしますよ」 失神している老婦人に話しかけると、 『俺が腹黒で野心家すぎるのはお前達があまりにもミーハーで愚民すぎるからだ』に、再び目を落とした。 51:■貨車の戦い その1 DESECRATOR 修海が愚民愚民とわめいている時、 そこから数十メートル離れた貨車では、 壊れたマシン・ヴィーの黒い煙を鼻から吸い込んだケンジが、 ふぅえ・・・・ふぅえ・・・・ ふええええっくしょーー、むうん!! ふえええっくしょい、むううー!! 巨大なくしゃみを二発破裂させていた。 それが煙のためなのか、かつて資本家を相手にして、労働者の組合運動に参加していた庶民代表のケンジが、庶民の言葉に反応して破裂させたものなのかは、神のみぞ知るところである。 鼻をグスリとこすりながら、 「くしゃみ二つは、けなされたってか ーーっ」 と、独り言をつぶやく。 その視線がマシン・ヴィーの屍と水樹の露出したふとももの間をさ迷っている。 「それにしても何者なんだ、こそこそ 人を嗅ぎ回るヤローは?」 「マシン・ヴィーの有効使用範囲は直径一キロ、高速で移動する汽車の中となれば乗客以外には考えられまい。 となれば予測は付く・・・・。 修海だ・・・・。」 「あの気障な感じのヤローが? でも奴は姉貴の上司だろう?」 水樹はそれには答えず、ケンジをじろりとにらんだ。 「それよりもケンジ!貴様先程からどこを見ている?!」 「え?何が?」 「どこに姉のふとももチラリを見て、胸をどきつかせる弟がいるのだ?!」 「え?何が?そんなにじろじろ見てないし、仮に見てたとしても俺達血が繋がっている訳じゃないしー」 最期のほうは口の中でモゴモゴ言っているために、はっきり発音されていなかった。 水樹の手が素早く伸びると、人指し指と親指がケンジの頬をねじあげる。 「この口かーー?いらない事をしゃべるのは、この口かーー?」 「あいだ・・・・だ・だ・だ・だ・だ」 アヤはそんな二人のやりとりに耳がダンボになっていた。 (え?!何何?どうゆう事?ホントの 姉弟じゃない?禁断愛?!エロいーー !エロすぎるーーっっ!) 52:■貨車の戦い その2 DESECRATOR ギブーーっっ! ギブーーっっ! 目じりに涙が浮かんで、ようやく水樹のお仕置きから解放されるケンジ。 「このたわけ者めが」 赤くなった頬をさすっていたケンジは 一分ほど沈黙していたが、おずおずと顔を上げて、荷箱に寄りかかり見下ろす姉 に質問した。 「にしても姉貴、十五年前の『神のペン実験』てのは一体何なんだ?」 「お前の情報でもそこまでたどり着けてないか?まだまだだな」 「そう言わずに教えてくれよ姉貴様・ ・・・・ん?あれ?」 尻ポケットを探るケンジの顔から、血の気が引いていく。 「無い!!俺の秘密の手帳が無い!! 神のペンに関する情報を書いた、国家機密レベルの手帳が無いーーっっ!」 狂ったように回りを見回すケンジの視線が、隅の暗がりで体育座りでこちらに背中を向けて、こそこそ何かしているアヤを見て止まった。 ペラリ・・・・と、その手元あたりで 紙をめくる音が・・・・ 「あーーっっ?!おまっ?! 何見てンダーーッッ?!返せっ!! 俺の手帳返せーーっっ!!!」 「いやーーっ!見たいーー! 見せてーーっっ!」 「噛むぞ?!お前噛むぞ?!」 たちまち国家機密レベルの手帳を巡り、 ケンジとアヤの間で始まる小競り合い。 「離せーーっっ!破けるから、離せーーっっ!」 「やあだーーっっ!見せてーーっっ!」 「お前ホントに噛むぞーーっっ! 尻噛んでもいいのか? 俺はやると言ったらやるぞーーっっ!」 53:■貨車の戦い その3 DESECRATOR しかし手帳を破かれるのを怖れたケンジの手の力がゆるんだ隙に、さっとそれを奪ったアヤは、貨車の反対側に逃げてしまった。 両手を広げ迫るケンジ。 その脇の下をかいくぐり、意外に素早く 逃げ回るアヤ。 狭い貨車の中で無言でドタバタ走り回る二人の攻防を、腕組みをして荷箱にもたれた水樹が静かに見ている。 先に息が上がったのはケンジのほうだった。 「アヤ・・・・渡すんだ・・・・そうしないと・・・・もう・・・・限界だ」 「・・・・・・・・」 「目覚めてしまう・・・・あれが・・」 「?」 突如ケンジが自分の心臓のあたりをガッとわしづかみにすると、体を前方へと折り曲げて、上目づかいでアヤを見上げる 。ニヤーーっと不気味な笑みを浮かべて ・・・・。 「馬鹿な小娘だ。あれを目覚めさせて しまうとはな。くっくっくっくっ」 (え?え?何?どうゆう事?) 予測できない展開にアヤの顔に不安のかげりが浮かぶ。 「もう駄目だ・・・・手遅れだ・・・ ・お前は目覚めさせてしまった・・・」 「何を?」 だーーん!と音を立ててケンジが両手を床に着く。 四つん這いでうつむいたその肩が、ピクピクと小刻みに震えている。 「俺は・・・・俺は・・・・」 アヤがゴクリと唾を飲み込んだ。 ケンジの顔だけが四つん這いのまま上を向いた。 その両目が金色(こんじき)に変化している。 「俺は・・・・狼男だーーっっ!!」 ケンジがアヤに向かいダイブする。 「キャアアーーっっ!」