《MUMEI》 3「よう来てくれた。待っておったよ」 翌日、田所の姿は一人、岩合邸、その大広間にあった 田所だけが呼び出され、一体何事かと一応出向いてみれば 其処で見せられたのは、純白のドレス これがどうかしたのかを問うてやろうと口を開き掛けた途端 部屋の隅に控えていた従者の様な連中に周りを囲まれ 半ば強制的に着替えさせられる 何とか抵抗を試みるが多勢に無勢で 田所はされるがままになっているしか出来ない 「よう似合うておる。流石は田所の孫じゃ」 本来ならば男が着る筈のものでないソレを着せられ 全くもって腑に落ちていない田所 一体、こんな事をして何がやりたいのか 相手を見据える視線も鋭く、つい問うてしまえば 「お前さんと千尋の披露宴を催そうと思うてな」 返答はあった。あったのだが更に意味が解らない 何を披露する事があるというのだろう、と 田所は更に怪訝な表情を浮かべて見せた 「折角こんなにも可愛らしい嫁を貰ったのだからな」 見せびらかさなければ勿体ない、と相手は声を上げ笑い出す これ以上付き合ってなどいられないと、田所はドレスを脱ぎ捨て 逃げる様に小走りに外へ 「夏生!」 出るなり『怒鳴る様な声に呼びとめられ 反射的にその脚を止めてしまえば其処に、岩合がいた 随分と慌てている様に、どうしたのかを尋ねてみれば 「……お前が、じじいに呼び出されたとチズ婆から連絡を貰った」 「ソレで、態々迎えに来てくれたって訳か?」 「どうせロクな用事じゃないだろうと思ったからな。……何も、されなかっただろうな?」 「はぁ?何もって、何がだよ?」 自分に何かしようとする酔狂な輩など岩合しかいない 田所がそう指摘してやれば、岩合はどうしてか深い溜息を一つ それ以上何を言う事もせず、岩合は田所を車へと押し込み帰路へと着いた 途中、赤信号で停車するなり岩合の手が田所へと伸びてくる 何かとつい身を引き掛ければ、その指先が唇へと触れてきた 「な、何……」 何度も撫でられているうちに、岩合の指先が彩りに染まる 赤い、口紅 いつの間に付けられていたのだろうと、袖でソレを拭い始める田所 その手を岩合は掴んで止め、そして唇にまた指を這わせ始めた 「お前には、似合わない色だな」 そう言ってきた岩合の表情は未だ苦いそれ 信号が青へと変わる、また前を見据えてしまったその横顔を、田所はまじまじと眺め見る この男は本当に解らない その後は互いに交わす言葉も無く、田所は段々と居心地の悪さを覚えながら 腹が減ったと一言呟いた 聞こえるか聞こえないか、微妙な声で呟いてみたソレ 岩合は聞こえた様で、近くあったファミレスへと車を停める 「……あんたでも、こういう処来たりするんだな」 どうにも岩合とファミレスファミレスという場所が繋がりにくく意外そうな顔 ソレをさして気に掛けるでもなく、岩合はメニューを捲りながら 「……俺は本来、岩合の人間ではないからな」 「は?」 さらりと聞かされたソレをつい聞き返してしまう そんな田所へ、岩合はメニューを捲る手は止めないまま 「俺の母親は岩合の後妻だ。俺は六歳の時、あの家に来た」 「つまり、連れ子ってことか」 「そうだ。だからあの兄とも未だに折り合いが悪い」 それはソレで構いはしないのだが、との岩合 重大な事を、まるで簡単な事の様に聞かされた気がした 何故、自分にそんな話をするのだろう、この男は 「……辛かったんだな。あんたも」 無意識に、その言葉がでていた いっそ傲慢だと思える岩合の態度も その実を知ってしまえば仕方がないと納得が出来る 自身の存在を確かなものにする為に、自分を求めているのかも逸れないとも 「赤の他人のために、なんでそんな顔が出来るんだ。お前は」 徐に触れてきた岩合の手 優しく触れてくるその手に髪を梳かれ 田所はどうしてか心地の良さを覚えてしまっていた 「そ、それより、何食うんだよ?」 岩合の手をやんわりと退けてやりメニューを指差す 照れてしまっている事を悟られてしまったのか、岩合が肩を揺らす声が微か その内に肩が揺れ出し、堪えているのか笑う声が口の端から漏れ始めた 「な、何だよ!!」 「いや。何でもない」 前へ |次へ |
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