《MUMEI》

そこで漸く斎藤は我に返り、走り始めていたロンへ何処へ行くのかを問うてみれば
「知るか!ここでなければ何処でもいい!」
これ程までに感情を顕わにするロンは初めてで
多分あれは、此処に在ってはいけないものなのだと、斎藤は本能的に察する
後はもうロンに手荷物宜しく担ぎ上げられたまま
何処かも知れない場所を進んでいく様を眺め見るばかりだ
「……何か、聞こえる?」
歩き進める途中、何処からか何か聞こえた様な気がして
止まってくれ、とロンの服の裾を引く
「俺には、何も聞こえないが?」
その旨訴えてやるのだがロンは首を横へと振る
それでも尚も訴えてやれば、その声はまた聞こえてきた
「……これは、獏の鳴き声か?」
今度の声はロンにも聞こえた様で
遠くから微かに聞こえてくるソレは確かに獏のソレだと、聞こえてくる方へと睨む様な視線を向ける
「……泣い、てる?」
その声に近づけば近付く程
鳴き声は泣く様なソレに聞こえ、それがどうしてか斎藤の胸の内を握る様に締め付けていった
そしてそこへと辿り着いてみれば、目の前に広がる無駄に広い場所
そしてその中央には、何かが在った
「……な、に、あれ。人……?」
段々と見えてきたそれは、ヒトの様な、獏の様な、そのどちらともが歪に混じり合ったような何か
ゆらりゆらりと、漂う様に唯ソコに在る
「……いや、違う」
「じゃ、あれは何なの……?」
「あれは多分、食い散らかしてきた夢の欠片が寄り集まったものだろうな」
混ざり合い、最早欠片ですらないが、とロン
面倒だと言わんばかり溜息を吐くと
「……どんなに小さな欠片でも、餌位になるから」
聞こえてきたのは、メリーの声
行き成りのソレにだがロンはさして驚く様子もなく
唯無言のままメリーを見やる
「……少し位、驚いたりしてくれてもいいじゃない」
つまらない、とメリーが唇を尖らせると
ゆらり人影の様なそれが揺らめきメリーの傍らへ
「……ありがとう。これで僕は(羊)になれる」
その身体を抱いてやれば、それはどろり解ける等に形を変える
水の様に広がってしまったそれをメリーは掬い上げると、徐に口へと含んでいた
全てを飲み込む様な音が聞こえてすぐに、その姿が歪み始めた
「……お前は、(夢)になりたいんじゃないのか?」
段々と姿を変えていくメリーを感情薄で見やるロン
(夢)とは到底掛け離れたその姿に
本当にそんな変化を望んでいたのかと、蔑む様な視線を向けていた
「……(夢)になるためには、羊が要るんだ。でも、僕には、いないから」
だから自分がその代わりになるのだと、その言葉を最後にメリーの姿は完璧に人から逸脱していた
だが
「……あれ、羊じゃない」
羊ではなく、見えてきたそれは獏のソレで
それは風船が膨らんで行く様に段々と巨大になり
人一人、余裕で呑み込んでしまえそうなほどになっていた
余りの大きさに、斎藤は恐怖を覚えずにはいられず
ロンの背後へと身を潜ませる
だが隠れきれていなかったのか、視線が合ってしまい
「……悪夢、全部食べてあげるよ」
獏の口が大きく開かれた
その奥にに見えるのは、何もない黒
怖い、恐い、コワい
どうしようも出来ず、その場に立ち尽くすしか出来ないでいる斎藤
その腕をロンが引き、庇うように立ち位置を変えていた
「……ロン」
「泣くな。泣けば、あれが更に暴れる」
頬を伝っていく涙をロンの指先が拭っていく
斎藤は何とか涙を堪えようと息を飲むが、やはり恐怖の方が勝り
ロンの胸元へと顔を埋めてしまった
このままでは全てが呑み込まれてしまう、そう分かっているのに
何も出来ずに居る自分が歯痒くて仕方がない
「……お前はヒトだからな。何も出来なかったとしても仕方がないだろう」
ソレをロンへと訴える事をすればロンは困った風な顔
だがやはり悔しいと斎藤は感じ
どうにか出来ないものかと、斎藤は獏を睨み付ける
「……返、して。(夢)を返してよ!!」
怒鳴る様に訴えてやれば、獏は解らないのか小首を傾げながら
「……だって、これ、悪夢だよ?人って、悪夢、嫌いでしょ?」
どうしてそんなものを返せなどというのかが分からない、と獏は不思議気な顔だ

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