《MUMEI》

何でもないと言いながら、尚も肩を揺らす
笑うと随分と印象が柔らかくなる
始めて気付いたソレに、田所は意外そうな表情をしてしまうが
すぐに笑みを浮かべて見せる
「あんた、そういう顔してる方がいいぞ」
ソッチの方が親しみ易いから、と続けてやれば
岩合は瞬間虚を突かれた様な表情
そのまま顔を背けてしまう岩合へ
態々顔を覗き込んでやれば、その顔を照れた様なソレだ
からかってやろうとも思ったが、へそを曲げられても面倒だと
取り敢えずはやめておくことに
「俺、コレな」
メニューを指差しながら、アンタはどうするのかとせっついてやれば
岩合も決めた様でメニューを指差す
近くに居た店員を呼ぶとそれらをオーダーしていた
「……」
料理を待つ間は互いに無言で
岩合と向かい合わせのこの場所が酷く居心地が悪く感じられる
「……お前のそれは、癖なのか?」
「は?」
何の事だとつい聞き返してしまえば、岩合の視線が正面から田所を見た
完全に重なるさそれに瞬間、呼吸が止まりそうになる
自分んを見る岩合の視線に、それまでとは違った色を田所は見た気がして
更に落ち着かなくなってしまった
「そうやって、誘う様な眼で俺を見るだろう。どうにも、落ち着かない」
「誘うって、俺はそんな事――」
「自覚は無いんだろうが、却ってそれが質がわるい」
会話の途中、運ばれてきた料理
ソレを食べ始めながら岩合は眉間に深い皺を寄せる
食べるとき位、もう少し穏やかな顔をすればいいのに
否定しておきながらも、やはり岩合をまじまじと眺めてしまう
その事に気付き、あからさまに視線を外すと田所も食べ始める
結局それ以後は互いに会話らしい会話もなく
黙々と食べ進め、そして食事も早々に済ませると清算を済ませ店を後にした
岩合宅までの道程
車体の微かな揺れに、余程疲れたのか田所は段々と眠気を覚える
うとうとと船を漕ぎ始めた田所へ
岩合は僅かに肩を揺らして見せ、左手を田所の頭へと伸ばす
髪をすい手やりながら、寝てもいい旨を伝えてやった
「……じゃ、俺、家まで寝る」
言い終わるとほぼ同時に聞こえ始める寝息
その寝顔はまるで子供の様で
穏やかになるその寝息を、耳に心地よく感じる
暫く走り、自宅へ到着
未だ寝入ったままの田所を横抱きにし車を降りれば
玄関の前に、、人影がある事に岩合は気付く
それが誰なのかを即座に察した岩合はあからさまに嫌な顔だ
「そんな顔すんなって。傷付くから」
その人影は、隆弘
一体なにをしに来たのかと視線で問うてやれば
「いや。マジでその子、俺にくれねぇかなって思って」
どうしても諦めがつかないらしい隆弘
岩合の表情が更に険しく、強張っていく
「……断ると、言った筈だが?」
「確かに聞いた。だから、だよ」
隆弘の口元が嫌な笑みに弧を描き、何かを含んだ様な表情を岩合へと向けた
何が言いたいのだろうか
中々先を言おうとはしない隆弘に苛立ちを覚えかけた、丁度その時
「……お前が大事にしてるモンは全部、奪ってやりたくなるんだよ」
頭に響く、嫌な声色
岩合が顔を上げ、隆弘を睨む様に名やれば
「……お前なんか、死ねばいいのに」
向けられるのは、憎悪
相容れないとは思っていた。だから関わること自体避けてきたというのに
「……安心しろ。あんたが死ぬ時には盛大に弔ってやる」
先に死んでやるつもりなど更々ない、と言外に含ませてやれば
隆弘の表情が険しく変わる
「……絶対、認めねぇからな」
吐き捨てる様に呟くと、隆弘はその場を後に
その背を暫く睨み付けていた岩合
見えなくなったのを確認し、溜息を吐きながら部屋へと入っていく
田所をベッドへと寝かせてやり、岩合はソファへ
身を寛がせると、テーブルに置いてあった煙草を岩合は手に取り
銜えると、火をつけた
苛々、している
灰皿に山積みされていく吸殻
そして何本目か分からなくなったソレを咥えた、丁度同時に
田所は僅かに身じろぎ、ゆるり目を覚ます
「起きたか?」
火をつけたばかりのソレを消し、岩合は田所の傍らへ
ベッドの横へと腰を降ろすと、田所の髪を指で梳いてやった
「……誰か、来てた?」
「何故?」

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