《MUMEI》

「……嫌い、だけど。でも!それも自分の(夢)なの!色んな感情が見せる、自分の一部なの!」
だから、返してほしい
そう訴えてみるのだが、獏は直ぐに首を横へと振って見せながら
「……だって、これまでなくなったら、僕はどうなるの?」
問う様なソレを、返された
「……僕には、何もないんだ。一緒に居てくれる羊も、見る夢も」
「だからって、こんな事……」
していい筈がない
言いかけてその途中、獏がまた口を開く
歯を剥き出し、明確な意図を持ち斎藤へと迫りくる
食べられてしまう
その恐怖に、だが何が出来る訳でもなく目を閉じてしまえば
しかし、その瞬間は何時まで経っても訪れる事はなかった
様子を窺おうと斎藤が薄く眼を開けば
どうしてか血に塗れたロンの姿があった
「……何?どう、して……?」
見ればロンの左腕が千切られてしまったかの様に無く
目の前の獏から、何かを噛み砕く様な嫌な音が聞こえる
「……私が、人間如きを庇うとはな」
多量の血を流しながらも、まるで痛みを感じていないかの様なロン
その最中に在っても尚流れ続ける赤い水
このヒトではない男も、今ここに生きているのだ
ソレを、自身を庇おうとしてくれているこの男を目の前で失えるほど、斎藤は強くはない
「……ごめ、ん。私、やっぱり、何も、出来なくて……」
ボロボロと涙が頬を伝い始める
謝罪の言葉も涙に濡れ、語尾は最早聞き取れないほどの小声になってしまっていたが
ロンにはしっかりと聞こえていた様で
口元に普段通りの笑みをロンは浮かべて見せると
掛けていたモノクルを徐に外し、ソレを握り割っていた
「……せめて(夢)位、与えてやろうか」
(夢)になりたいのならば、せめてソレを夢見れる様に
獏へと言って向けながら、ロンは握り締めていた手を開く
其処から散り始めた、モノクルの欠片
それが一瞬にして辺り一面を白濁へと変えていく
「……ロン。何、したの?」
何が起こったのかが解らず、問う事をすれば
ロンは散る破片の一つを手の平に受け斎藤へと見せてやりながら
「……これを、あの子供にやろうと思ってな」
「これ、何?」
何でもない、唯の破片にしか見えないソレ
それは一体何なのか
分かる筈もない斎藤が小首を傾げれば
ロンは別の破片を手に受けると、斎藤へと口を開ける様言って向け
言われた通りに斎藤が薄く口を開けば、その欠片を食ませてやる
「……見えるだろう?」
低い声が耳元で鳴り、そして目の奥に見え始める何か
それは、斎藤がかつて見ていた、悪夢ではない(夢)
すっかり忘れていた、と次々見えてくるソレに、斎藤は表情を綻ばせていた
「……あの子供も、お前の様に様々な(夢)が見れればいいんだがな」
これからは、それが夢見れるように
ロンがメリーへと降る中から手の平に受けた欠片
それはまだ何も見る事ができない、真っ新な欠片
あの子供は、これからこの欠片にどんな夢を見て行けるのだろう
「……見れると、いいね。」
夢になりたい
たったそれだけを夢見るのではなく、他にも夢見れるように
そう呟く様に続けてやれば、ロンは柔らかな笑みを斎藤へと浮かべて見せ
突然の白濁に動揺し、身動きが取れずにいる獏の、メリーの目の前
軽く下を蹴り付けふわりと浮くと、開けたままの口の中へとその欠片を食ませてやった
「……一度、取り敢えず消えておけ」
つま先でメリーの後頭部を蹴り付けてやれば
ソレをまるで合図に、メリーの姿は霞みの様に薄いソレへと変わっていき
固めてあった砂が崩れていくかの様にサラサラと散り始めていた
その全てが消え、そして後に残ったのは
小さな、本当に小さな羊だった
身体を丸く縮込ませ、穏やかな寝息を立てている
「……可愛い」
丸くふわふわとしたその様に斎藤が漸く笑みを浮かべれば
ロンがその羊を掌で掬い上げ、そして
「……こいつを、お前の夢の中に住まわせてやってくれないか?」
との唐突な申し出
何かあるのかと斎藤はまた首を傾げて見せる
ロンはその羊を斎藤へと差し出しながら
「……お前の見る夢は全部、優しいからな」
「……そ、そんな事、ないよ……」
面と向かってのソレに斎藤は照れてしまい、つい顔を伏せる

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