《MUMEI》

 「……主。薬草、取ってきた」
微かに表戸の開く音が聞こえ、主と呼ばれたその人物は床から身を起こした
開いたままの戸を背に、三和土に立ったままの相手を取り敢えず手招いてやりながら
「……取り敢えず戸、閉めろ」
外からの日差しが、強い
目の奥に鈍く重い痛みを感じ、額に巻いていた黒い布で日差しを避ける様に目を覆ってしまえば
相手は小さく声を上げ、慌てて戸を閉めていた
「ご、ごめんね。主。これ、薬草……」
籠に山盛りに積まれているのは、目に良いとされている薬草
散々の山を駆けて探してきたのだろう
相手の着物の至る所には葉や小枝が付いている
更には、その枝で擦ってしまったのだろう擦り傷まで腕だの頬だのに作っていて
「……七星」
相手・七星の名を呼んでやりながら、片岡 右京は緩々と手を招く
近く寄ってきた七星へ
片岡は自身の膝の上に座る様言って向け、その通りに七星は腰を降ろした
「主?」
座ったが何かあるのかと、見上げてくる七星
片岡は何を言う事もなく、近くある卓の引き出しから小瓶に入った軟膏を取ってだすと
七星の傷へと塗ってやった
言葉こそ少ないが、触れてくる片岡の手は優しく
七星はホッと安堵の溜息を吐くと、片岡へと身を凭れさせた
トクトクと耳元で鳴る片岡の心臓の音
心地がいいと暫く聞いていると、緩々と眠気に襲われる
「眠たいなら、布団で寝ろ」
「でも、主は……?」
「儂の事は気にするな。いいから寝ろ」
柔らかく七星の髪を梳いてやれば
眠気が誘われたのか、七星の瞼が落ちていく
そして聞こえてくる穏やかな寝息
何か夢でも見ているのだろうか
最中、七星が何か言の葉を口にし始める
「……主。ごめん、ね」
「……」
寝ている時に、毎回と言っていいほど七星は片岡への謝罪のソレを寝言で言う
毎日聞くソレに、片岡は目を覆う布を僅かにずらし、苦く笑うばかりだ
「その子、余程気にしてるみたいね。京さんの目を焼いてしまった事」
不意に聞こえてきた声に、片岡は然して驚く事も無くゆるり向いて直る
其処に居たのはなじみの居酒屋の店主・月花
また何をしに来たのかと視線を向けてやれば
「あら、何その顔。折角コレ、届けに来てやったってのに」
言いながら月花が渡してきたのは何かの器
中を見てみれば
「……煮物?」
「そ。多く作り過ぎちゃったから」
お裾分けだ、と片目を閉じて見せる月下
ソレを畳の上へと直に置きながら
「ね、京さん。あの子、どうするつもり?」
唐突にそんな問い
どうする、とはどういう事か
つい相手へと睨む様な視線を向けてしまえば
「そんな怖い顔しないの。例えば、の話よ」
肩を竦めて見せる月下
全く笑えない冗談だと吐き捨て、月下へ早く帰る様手を払った
「もう。怒りっぽいんだから」
「悪かったな。この性格は生まれつきだ」
今更治せない、と月下へと言ってやれば
溜息を吐く音が聞こえ、月下はやれやれと肩を落とし身を翻していた
「じゃ、私帰るわ。またね、京さん」
これ以上の話は無駄だと判断したのか、月花はそのままその場を後に
その背を暫く睨み付けた後
片岡は戴いた煮物をつまみに酒を煽り始める
「……」
どれくらいの間、そうしていたのか
七星が身じろぐその気配を感じ、片岡は猪口を置く
起きたのかと様子を窺って見るがそうではない様で
また聞こえてくる寝息
片岡は僅かに肩を揺らすと、七星の髪を梳き始めた
「……お前は、なんで儂の処に来たんだろうな」
七星が片岡の処へ来たのは数か月前の事
日差しがやたら強い日
熱ささえも伴ったソレに、手で日よけを作り空を仰ぎ見た時だった
陽の光を背負い、片岡の元へと降る様に現れたのが七星
その時、七星は何かを訴えようと片岡へと手を伸ばし
その指先が、偶然瞼に触れた
七星の指は酷く熱を帯びていて
その熱が片岡の眼球の奥、水晶体を焼き付けてしまったのだ
あの時、七星は一体何を言おうとしていたのだろう
聞いてみる事こそしないが、何か大切な事だったのでは
そう思えてならない
「……主?」
緩々と撫でてやれば目を覚ましてしまった様で
寝ぼけた様な視線で片岡を見上げ、そして
片岡の肩越しに見える空を眺め見る
ようやっと暮れ始めた空

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