《MUMEI》
奇跡。
今日も響くんに会えなかった。
面会謝絶。
あの日から、一度も会えていない。
時間を見た。
まだ夕方だけど、新くんから一人で行動するなって言われているから、早く帰らないと。
行きで一緒だったお母さんがいきなり仕事が入っちゃうなんて予想外だったから、仕方ないよね。
ゾワ、と身震いした。
嫌な空気を吸ったみたいだった。
なんだか怖くなってきた。
ポケットから出した自分用と響くんにあげるつもりの御守りを思い切り握りしめた。
小走りをした瞬間、目の前を真っ黒で大きい何かが、あたしの目の前で停止した。
あたしよりも三十センチは高い、男の人だった。
反射的にすみません、と言った。
……え?この人……見覚えがある気がする……。
その男の人は金髪で、ニヤニヤとしながら気持ちの悪い目付きであたしを見ていた。
ゾワ、とした。
間違いない。
さっきの嫌な感じは……この人だ。
思い出す。
2年前。
そして、一週間前。
「ああ……あぁ……」
久美ちゃんを拐った男の一人だ。
男はニヤリと笑い、あたしの口を塞いだ。
「黙ってろよ。まぁ黙っててもヒデエことするのは変わりねえが、怪我は少ねえ方がいいだろう?」
周りに人はいない。
助けてくれる人も、いない。
一瞬、響くんの名前を叫びそうになった。
いるわけがない。
響くんは……入院中だから……。
こんなあたしを助けて……。
それなのに。
響くん……!響くん……!響くん……!
頭の中は響くんでいっぱいだ。
無駄だとしても、叫びたい。
男の腕を払い除ける。
すぐに体を長い腕で拘束されたけど、口は開く。
「助けて響くん!!!」


不意に木刀が飛んできた。
その木刀は男に当たって、拘束が緩んだ隙に、手を引っ張られた。
「ったく、一人で行動すんなって新斗にも言われたろ?なーにしてんだよ」
「え……?」
奇跡だろうか。
あたしが見ているのは、幻だろうか。
いや、現実だ。
「響……くん?」
「おう!馳せ参じたぜ!」
親指を立てた拳を、あたしに見せる。
いつもの、響くんの笑顔。
いつもよりも、格好よく見えた。

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