《MUMEI》

 「……頭が、痛いです」
翌日、呻く様な声と共に、小鴨が布団から這い出してきた
鳥谷はあえて何を言う事もせず、水の入ったグラスを渡してやりながら
「メシ、食べやすいモンにしてみた」
食べられそうか、と座った小鴨の前へと置いてやる小さな土鍋
蓋を取ってやればそれは雑炊で
大方、二日酔いになっているだろうから、との鳥谷の配慮だった
「……でも、どうしてこんなに頭が痛いんでしょうか?」
その雑炊を食べながら解らないと小首を傾げて見せる
昨日の事を覚えていない様で
それならその方がいいかもしれない、と鳥谷は肩を揺らしながら
「細かい事ぐるぐる考え込んでるから、知恵熱でも出たんじゃないのか?」
誤魔化すように言ってやった
小鴨は暫く考え込み、そしてそうかもしれないと照れた様に笑う
雑炊を食べ終え、小鴨が行儀よく両の手を合わせると
「デザートにプリンあるぞ」
食べるか、との鳥谷の声
頷いて返せば目の前に置かれるプリン
小鴨の好きな、牛乳プリンだった
「……これ、買ってきてくれたんですか?」
「コンビニに茶買いに言ったらあったから。美味い?」
「……美味しい、です」
「そりゃ良かった」
「鳥谷君も一口、食べますか?」
どうぞです、と差し出されるスプーン
一言礼を返し、鳥谷は一口ソレを食べる
小鴨によく似あう、柔らかな甘さ
つい表情を綻ばせれば、小鴨も釣られる様に笑みを浮かべた
「鳥谷君」
「何?」
「ありがとう、ございます」
プリン、美味しいですと食べ進めながらも
その礼は、そのプリンだけのそれではない様な気が鳥谷はしていた
鳥谷は、だが敢えてその事触れる事はせず、嬉しそうに食べる小鴨を見やる
眺めているうち、小鴨の口元にクリームが付いている事に気付き、鳥谷は手を伸ばした
「……?」
どうかしたのか、小鴨が尋ねるより先に
鳥谷の指が小鴨の口元のクリームを拭う
「クリーム、付いてた」
指先にについたソレを無意識に舐めてしまえば
ソレを目の当たりにした小鴨の顔が俄かに赤くなっていく
だが鳥谷は気付いてい無い様で
赤くなってしまった小鴨へ、熱でもあるのかと額同士を合わせた
「だ、大丈夫です!平気、です!」
このままでは更に赤くなってしまいそうだと、小鴨は慌てて大丈夫を繰り返す
顔も赤いまま俯いてしまった小鴨へ
その心中を察したのか
鳥谷はやれやれと肩を落とすとその手を頭へ
若干手荒く髪を掻いてやっていた
「なら、そろそろ学校、行くぞ」
「は、はい!」
今日は大学祭の準備をする事になっていて
鳥谷・小鴨は連れ立って外へ
二人、自転車に乗りいつもの通学風景だ
「鳥谷――!小鴨――!おっ早う!」
大学に到着、講義室へと入れば届いたらしい衣装を広げ、皆で合わせている処だった
「ほら、お前らもこっち来て衣装合わせろって」
鳥谷らは手を引かれ、その群衆の中へ
一度、店で試着させられたソレをまた着せられ
皆の視線が一斉に鳥谷らへと向いた
「やっぱ似合うわね〜、あんた達」
一通り全身を眺め見、まじまじと一言
周りの皆もその意見に賛同し、頷いてばかりで
学祭の準備はしないのだろうか?
一向に他の作業に取り掛かろうとはしない周りに
鳥谷はやれやれ、と会場設置に取り掛かる
「お、お手伝いします」
黙々と作業を始める鳥谷の傍ら
小鴨が傍に寄り添う
二人のその微笑ましい光景に皆はつい見入っていた
集中する視線
結局、誰一人として動こうとしない現状に
暫くは無視を決め込んでいた鳥谷だったが、等々キレる
手に握っていたトンカチで、本来打つべき場所ではない処を打ち付けていた
「……働け。、お前ら」
その一打で皆が一斉に動き始める
それから後は鳥谷らを含め皆の懸命な働きにより作業も大方が終了
後は明日、と言う事で解散する事に
「……これから、どうする?」
何処か遊びにでも行くかを問うてやれば
小鴨は暫く考える様な素振りを見せた後、徐に鳥谷の手を取った
どうしたのか、との鳥谷へ
「お散歩しながら、帰りましょう」
天気もいいし、とはにかんだ笑みの小鴨
そんな顔を見せられてしまえば否とは言うつもりは無いが、言えない
乗ってきた自転車は押しながら、並んで帰路を歩く

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫