《MUMEI》 「なるほど。こういう事か……」 翌日、岩合邸 田所と岩合、言われた通り二人連れだって訪れてみればソコは なぜか絢爛豪華に飾り付けがなされていて 結婚披露宴会場という文字が嫌でも目を引いていた 「千尋坊ちゃま、夏生様」 二人の名前を呼びながら小走りにやってきたのはチズ 岩合があからさまに怪訝な表情を浮かべて見せれば 「死ぬ前にせめて、千尋坊ちゃまの晴れ姿が見たいと仰られて……」 申し訳ありません、とチズが深く頭を下げてくる この状況下でチズを責めるつもりなど岩合には矢張りない、無いのだが 「……150歳まで余裕で生きてそうだがな。あの爺さんは」 つい、愚痴ってしまうのは仕方がない事だった 「随分な言い草だな。千尋」 それを咎めるかの様に聞こえてきた声 最後から聞こえてきたソレに、二人同時に向いて直ってみれば 隆弘が戸に背凭れてそこにいた 岩合の表情は見る間にこわばり、田所は警戒するように岩合の背につい隠れてしまう 「そんな警戒する事無いだろ。夏生ちゃん」 笑って向けてくる隆弘 警戒しないで居られる要素がこの男のどこにあるのか 猫が逆毛を立てる様に、視線で隆弘を威嚇する田所 その田所の様を見、隆弘は声を上げ笑う事を始める 「お前って、本当面白いのな。なぁ、千尋」 「……何か?」 態々呼ぶ隆弘へ、あからさまに嫌な顔をして見せながら一応は返して見れば 隆弘の腕が唐突に田所の腰に回り、そして引き寄せられる 「こいつ、やっぱ貰う事にするわ」 言って終わりに聞こえてくる鈍い音 何の音かを確認するより先に、岩合が片膝を付く 「お、おい。大丈夫か!?」 息苦しげに咳き込む岩合 そこで漸く、隆弘が岩合の腹部を殴りつけた音だった事に気が付いた 何故、ここまで 隆弘の腕を何とか振り払い、田所は岩合の傍ら 未だ咳き込む岩合の背を撫でてやる 「夏生ちゃん、お前はこっちな」 岩合から引き離す様に隆弘は田所の腕を引き 抗う貧家もないままに外へ 「離せ、離せってば!!」 捕まれたままの手を何とか振り払おうと試みるが、出来ず 抵抗虚しくそのまま引き摺られてしまう 「アンタ、一体何がしたいんだよ?」 あんな風に岩合を傷付けてまで そう怒鳴る様に訴えてしまえば、隆弘の目がスッと細められた そして近くあった車へと押し込められたかと思えば 着衣に手が掛けられる 「お前、何して――!?」 「何って?この状況でソレ、聞いちゃう?」 田所の問いに、隆弘は言葉で返してやるより先に行動で示す 肌蹴させられた肌に触れてくる隆弘の指 感じるのは嫌悪感のみ 「嫌、だぁ!!」 手足をばたつかせてやれば、瞬間隆弘の腕の拘束が僅かに緩む その隙を借り、田所は車外へ 兎に角、この場から離れたい その一心で飛び出した先、車の往来が激しい道路 急ブレーキの音が耳に痛いほどに響き、その直後 脚でも折れてしまったのか、酷い痛みを感じる ああ、轢かれたのか 周りが酷く賑やかになり、人のざわめく声ばかりが響く 唯、田所を眺め見るばかりの群集 何故、自分ばかりがこんな目に合わなければいけないのだろう 自分は唯の身代りでしかない筈だ それなのに何故 そんな事ばかりをぐるぐると考えていると 「夏生!」 叫ぶような声が聞こえ、身体が抱き起こされる 間近に寄ってきたのは、岩合の顔 田所の名を何度も怒鳴りながら呼んでいた 心配、してくれているのだろうか?この男が であった最初はなんて傲慢な男だろうと思って居たのに 本当は酷く優しいのかもしれないと この状況下にありながら、田所は笑う声を漏らす 何を言っているのかと、更に岩合に怒鳴られ そのまま誰かが呼んだらしい救急車へと担ぎ込まれた 幸いな事に脚には罅が入っただけで折れてはおらず 然るべき処置を受け、田所は岩合に連れられ岩合宅へと帰る 「……痛むか?」 ベッドへと横になった田所へ、心配げな表情の岩合が問うてくる 当然、痛い だが、田所は緩々と首を振ってやりながら、大丈夫を返してやった 「……何か、結局訳分かんなくなっちゃったな。家の方、大丈夫か?」 あの後、どうなってしまったのか気にしていると 「……この話は全て無かった事にするそうだ」 その実が語られる 前へ |次へ |
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