《MUMEI》 完全に日が暮れると、七星が徐に片岡の袖を引き 「……主。外に、行こう」 片岡へとそう促してくる 何か用でもあるのかと七星の方を見やれば 積んできた薬草を、籠のまま小脇に担いでいる 「……主の薬、作って貰いに、いく」 表戸を開け、外へ 出てみれば、すっかり日も暮れ宵闇 一歩先を踏み出したはずの七星の脚が、それ上進まなくなる 「……まだ、怖いのか?」 俯いてしまった七星の顔を、片膝を土に着け片岡は覗き込んだ すっかり怯えてしまっている顔 瞳孔はすっかり開き、前尾見るその焦点は全く定まってはいない 「……」 このままではどうにもならない 僅かに溜息をつくと、片岡はいったん自宅へと引き返し そして提灯を一つ持ってくると、七星へと渡してやり灯を灯してやった 「これなら、少しはましだろ」 ほんのりと足元を照らす明かり その明かりに、七星は僅かに表情を和らげる 「お天道様みたい」 丸く、仄かに明るいソレに七星はホッと息をつき 片岡の手を取ると、漸く歩きだした 矢張り、暗い方が見えやすい 七星の体温を左手に感じながら、片岡は眼を覆い隠す布を指先で押し上げる あの日以来、光を受け入れにくくなったこの眼 天気のいい日には目の奥が酷く痛む様になった 不便な目になってしまったものだと感じながらも、こうなってしまった事への嘆きは無い 嘆くことをしてしまえば、七星を責めてしまう事になる それだけは、片岡は決してする事はしなかった 「主、この灯りは、平気?」 考えるばかりに集中していた片岡へ 七星が袖を徐に引き、片岡を見上げてくる 丸い提灯に灯された、鈍い光 その光に照らされる七星の顔からは怯えの色は消え 見せてくるのははにかむ様な表情だ 平気かを改めて問われ、片岡はフッと表情を和らげる 返事を返す代わりに、片岡は眼を覆っていた布を引く様に解き 七星の頭へとふわり被せてやっていた 「……主、布要らないの?」 受け取った布を腕の中で畳みながら聞いてくる七星 片岡は癖づいた前髪を手櫛でとかしながら 陽が暮れたからなを返すと僅かに息を吐いた 「あら。京さん、いらっしゃい」 暫く歩いた後、到着した馴染の薬屋 店主は片岡を見るなり、いつも買う点眼薬を出してくる 代金を支払い、包んで貰う間 七星はその様を何か興味深げに眺め見る 「でも、二人一緒なんて珍しいじゃない」 手は作業に動かしながら、店主は片岡の方を見やる 言葉通り珍しげな表情の店主へ、片岡は肩を落としながら 「……特に、意味はねぇよ」 それだけを返してやった 僅かに顔を背ける片岡の様に、相手はやれやれと肩を揺らし 包み終えたらしい薬を七星へと手渡す 「……ありがと」 深々と頭を下げ紙袋を大事そうに胸に抱いた その七星の様にも相手は微かに肩を揺らし 「七星ちゃん、京さんの面倒頼んだわよ。こいつ、放っとくと薬使わないから」 頼りにしてるから、と七星へと片目を閉じて笑ってみせた 七星は一礼する事で返し、店を早々に出て行く片岡の後に続く 帰路を並んで進んでいると、目の前を一匹のてんとう虫が飛び それは七星の指先へとふわり停まった そのまま指先で戯れる事を始める七星の表情は眼珍しく穏やかで だがその最中、そのてんとう虫は当然にこと切れ、七星の手の平へと落ちる 「近付き、過ぎちゃったんだね」 「七星?」 「きっと、お天道様に近づきすぎちゃったんだ。この子」 手の平で最後の足掻きと小刻みに震える虫を眺めながら七星はつぶやく お天道様に近づきすぎた あの日、七星が片岡の目を焼いてしまったように この虫もその身を焼かれてしまったのだろうか、と てんとう虫を前に憂う様な七星へ 片岡は片膝を傍らで着くと、七星の頭を若干手荒く掻いて乱していた 「あ、主?」 「ソイツ、埋めてやるか」 せめて弔う事位はしてやろうとの片岡へ 七星は瞬間驚いたような顔をして見せたが、直ぐに頷いて見せる それから自宅へと到着するなり、庭の片隅に小さな墓を一つ建ててやった 「……主、ありがと」 墓の前に膝を付き、両の手を合わせてやれば その背に七星が額を当ててくる 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |