《MUMEI》 1「なぁ。お前、夢喰いだろ」 満月の光も柔らかな夜だった その月も真上に昇り、人に会う事などはあまりないだろうと現へと出た矢先の事 背後からかけられた声に、ゆるり向いて直る そこに立って居たのは、一人の少年 こんな時間に何故こんな場所に居るのか そして何故自分がソレである事が解ったのか その男は怪訝な表情を浮かべて見せた 暫く無言で、その少年を見やっていると 少年は男の手を取り、その手を引き始める 何かと更に少年を睨む様に見やれば 「俺たちの処に来い!夢喰い!」 更に強く引かれ、傾く身体 見れば少年の両の目には大粒の涙が滲み、そして頬を伝っていった 男は僅かに溜息を吐くと、取り敢えずは話だけでも聞いてやろうと少年の前へと膝を折る 「……妹を、助けてやってほしいんだ」 「妹?」 行き成り何を言い出すのだろう 段々と肩をしゃくり上げ始める少年に、男は僅かに溜息をつきながらも 続きを話すよう促してやる 「……お前、夢喰いなんだろ。、見て来れば?」 来いと言っておきながらこの言い草 少年をつい睨んでしまいながらも、その方が手っ取り早いのも確かだと 男はゆるり身を翻すと、地面を蹴り上げふわり宙に浮いた 「おいで。僕の羊」 月明かりへと手を伸ばせば現れる一匹の羊 現れるなり、その羊は全身の毛を逆立てる 「どうか、したの?」 毛はしっかりと逆立てたまま、羊が見る方を男も見る その先にあったのは、ぐるぐると渦巻く黒い何か 一体何のだろうと近づいてみた、次の瞬間 それから伸びてきた手の様なものが男の全身を捉えに掛った 男は身も軽くソレを避けながらまじまじと眺め見る 「……悪夢の、匂い」 漂ってくるソレに、男は僅かに顔を顰めながら溜息を一つ これ程まで強い匂いを放つ悪夢を見たのは初めてだ、と 「……これは、酷いね」 微かに舌を打ちながら、男は上着の内ポケットから徐に何かを取り出す それは、一丁の銃 男は撃鉄を起こすと、銃口を黒いそれへと向けていた 「何、する気だ?夢喰い」 「悪夢が完全に意思を持ってる。多分、もう手遅れだよ」 いっそ、消してしまった方がいい 引き金に掛けた指に徐々に力を入れていけば その手を少年に押さえつけられる 「あれが、妹なんだ。なぁ、アレ何なんだよ!?何であんな風になるんだ!?」 夢喰いならば解るだろうと責め立てられ 胸倉をつかんでくる少年を、だが男は何を言う事もせず唯見やるばかりだ 「何か、言えよ!!」 「言ってどうすんの?何か変わるとでも思ってる?」 「変わらないかもだけど、でも!!」 頼れるのはもう、目の前のこの男だけ 縋る様な視線を向けられてしまい、男は等々溜息を一つ 観念したかの様に髪を掻き乱す 「……わかった」 短く返事を返すと、男は肩の上に乗っていた小さな羊の鼻先をなで ソレを何かの合図と理解をしているのか、羊が肩から飛んで降りた ふわり降る様に降りて行きながら、そして羊はその最中口を瞬間に最大まで開いて見せる 「……喰って、いいぞ」 低いその呟きと共に、羊がソレへと食って掛かる 噛み砕かれる何か 辺りに散らばるのは血の様な朱 それを全身に浴びながら、だが男は動じることなくソコに在る 「……どう、なったんだ?」 少年からのソレに男は返す事はせず 袖で、汚れてしまった頬を撫でながら身を翻す 「ちょっと待て!夢喰い!!」 何処へ行くのかと、と怒鳴る少年へ 男は首だけを僅かに振り向かせながら 「……メルローネ」 「は?」 「僕の、名前。呼ぶ時はメリーでいいよ」 夢喰いと呼ばれる事が本意ではないのか、その男・メリーはそう訂正する 少年は解らない様子で呆然と立ったまま まぁ、いいかと僅かに肩を落とすとメリーはその場を後に 悪夢の気配が未だ消えていない 喰ってやったにも拘らず、未だ感じる気配 メリーは辺りを見回し、そしてふわり宙に浮いた 「……それで、隠れてるつもり?」 眼下に広がる景色 その中に混じる微かな違和感を、メリーは形として完全に捉える 何とも形容し難い、歪なその形 それの前へと降る様に降りると、メリーは改めて銃口を定め身を構えた 「……どうせ夢なんて、全部悪夢に変わるんだ」 前へ |次へ |
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