《MUMEI》 矢張り、見るのが辛いのだろうことを片岡は察し 七星を腕の中へと抱き込むと胸元へと顔を押し当ててやり暫くそのまま その内に、肩をしゃくり上げる声が聞こえてきた 「……皆、逝かないで」 片岡の着物に顔を埋めてしまいながら 七星はいかないでと独り言の様に何度も呟いて そうしているうちに泣き疲れてしまった様で、片岡の腕の中縋って寝入る やれやれと片岡は肩を落とすと、七星を抱え上げ座敷へと上がり 布団も適当に敷いてやると、その上へと七星を寝かせてやっていた 「……こんばんは」 寝入るまでせめて傍に居てやろうと七星の傍らへと腰を降ろせば 来客か、突然に聞こえてくる声 そちらへと向いてやれば庭先、先に作った天道虫の墓の前に男が一人立って居た 何か用かと尋ねて見れば、男は穏やかな微笑をその顔に浮かべて見せながら 「……その天道虫を、殺しに来ました」 ゆるり歩み寄ってくる 何なのだろう、この男は 向けられるのは凍り付きそうな程冷たい殺気 片岡は咄嗟に懐に忍ばせていた脇差を構える 「申し遅れました。私は六星(むつほし)。コレと同じ天道虫です」 「ソレで?そのてんとう虫が何でこいつを殺そうと態々来たのか、聞いてもいいか?」 「ああ。それはですね」 相手はニヤリ口元を歪ませ、未だ眠ったままの七星を見下ろしながら 「……その虫が、私たちを裏切ったからですよ」 ねぇ、と七星へと視線をむければ暫く眺め そして、フッと息を吐き身を翻していた 「……泣いて喚いてくれなければつまらない。今日はやめておきましょう」 勝手な物言いで六星と名乗った相手は姿を消した 張り詰めていた空気が瞬間に緩み 片岡は灰に詰まっていた空気を一気に吐いて出す あれは一体何だったのだろう 裏切った 六星のその言葉が気に掛り、片岡は七星を見やる 額に掛る前髪を指先で掻き上げてやれば 相も変わらず、その寝息は穏やかだ 「……主?」 フッと息をはいてしまえば、七星が目を覚ます 敏い七星はすぐさま片岡様子がおかしい事に気付き どうしたのかを上目で問うてきた 「……何でもない」 その実、告げてやる必要はないだろう、と 片岡は何を言ってやる事もせず、七星の髪を唯梳いてやる そうしてやるうちに七星はまた寝に戻り、寝息を聞かせ始める 寝顔は、普通の子供と何ら変わらない だが、違う。違ってしまっているのだ その実、この子供は何からも逸脱してしまっている この、陽の光に愛されている筈の虫は何故ここに居るのだろう そんな事をふと疑問い抱きながら、片岡は七星をまた見やる いつか、その実全てを知る事になるのだろうか 知ってしまった後、ヒトでしかない片岡はどうあるべきなのだろう、と つい、様々考え込んでしまう 「……齢取ったって証拠じゃない?」 僅かに表戸の開く音が聞こえ、そして聞こえてくる声 そちらへと首だけを振り向かせてみれば、ソコに経つ人影 何か用かをその人物に問うてやれば 「近くを通り通りかかったから。寄ってみただけよ」 特に用はないとの相手に、片岡はあからさまに溜息尾を吐いて見せ 招き入れてやる事もせず、台所へと片岡は向かうと、徳利と猪口出す 互いに酒を飲み進め、暫く後 相手が僅かに音を立て卓上に猪口を置いた 「……最近、やけに死人が多いわね」 呟く様なソレに だが片岡は表情を僅かも変える事はなく酒を煽る それは、片岡も知る処だった 皆が一様に干からび、干物の様になり耐える 往来で耐えてしまえば最後、誰にも見向きもされず 挙句はゴミよろしく処分されてしまう そう、人などその実脆い生き物なのだ 考えてしまえば酷く虚しく そうはなりたくないものだと、片岡は早々に考える事を止めていた 「考える事を放棄したって顔ね。その顔は」 「頭痛がする」 「相っ変わらず頭脳労働嫌いよね。少し位考えないと早くにボケるわよ」 損な悪態を相手から戴きながらも、然して反論する事はせず片岡は立ち上がる 踵を返せば、何処に行くのかを問われ 片岡は僅かに相手へと視線を向けてやりながら散歩だと一言返した 「その酒はお前にやる。勝手に飲んでけ」 「ちょっ、京さん!?」 相手を放り置き、片岡はそのまま外へ 前へ |次へ |
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