《MUMEI》
浅倉先生
私達1年生と浅倉先生は接点はないに等しい。彼は2年生を担当する教師であり、授業も2、3年生のクラスしか受け持たないからだ。

それでも多分、この学校で彼を知らない人はいないと思う。――目立つのだ、教師らしかぬ明るい茶髪が、トレーナーにジーンズというラフな格好が。ちなみにこの学校の中で1番若く、打ち解けやすいとか何とかで人気のある教師だ。

「永遠ねー……」

ポカンとしていた先生だが、質問の意味が分かると皮肉そうに唇を歪めた。また灰が落ちそうだな、とぼんやり考える。先生が纏っていたコーヒーの香りは次第に苦い煙草の臭いに包まれていく。

「何、永遠って、愛的な何か? 恋バナ振ってんの?」

「違いますよ。ただ先生はどう考えてるのかなと思って」

「……ない、かな」

浅倉先生は国語科の教師だったはずだ。何か文学的なことを言い出すのだろうかと思っていたけれど、返ってきたのは端的なものだった。呆気に取られている私の傍で先生はまた携帯灰皿に灰を落とすと、「はあ、」と息を吐いた。それは煙を吐いたのではなく、紛れもない溜息だった。

「あるんじゃねーの、と言いたいところだけど、俺、最近彼女に振られて傷心中なのよ、これでも」

「そうですか」

「大学生の時はさ、先生になるなんて素敵って、言ってた癖にな。いざ教員生活始まると、『生徒生徒って、私のこと少しでも考えてる?』『生徒のことは考える癖に私のことは考えてくれないのね』とか愚痴ばっかりで……。もう無理って、春休みにバッサリ振られた」

「残念ですね」

「え、思いっ切り棒読みなんだけど」

「同情の欠片もないよね」と苦笑混じりに指摘される。……本心だったので反論も弁解もしないが。

「ま、俺もこのまま付き合うのはキツいって感じてたから、妥当な結果だよな」

「今度は強がりですか」

「うん、本当は少し泣いた……って、そうじゃなくて。俺の話はどうでも良いんだよ。で、中原(なかはら)は? 永遠とやらについてどう思うの?」

私の名前をサラッと口にした先生に驚く。私と浅倉先生に接点はないのだ。それとも教師というのは、そんなものなのだろうかと自問自答しながら私は答えるべく口を開いた。

「私も、そんなものないって思います」

「へえー。どうして?」

「友達見てるとそう思うっていうか……」

「友達、ね……」

「別に友達って訳でもないのかもしれないですけど」

「建前ってことか?」

「ええ。本当にくだらない話しかしない人達で」

「ふーん?」

興味深そうな先生の反応にハッとする。いくら教師とはいえ、ほぼ初対面の他人に何をペラペラ喋っているのだ。これでは自分が、亜梨沙達とほぼ変わらないような気がしてならない。そうなるときっと今、先生は気分が悪いに違いない。いつもの私と同じように。何とか弁解しようと身を乗り出した瞬間、飛び込んできた光景に目を奪われた。

「何、当たり前のように2本目吸おうとしてるんですか」

「俺1本しか吸わないなんて言ってないし」

当然のように箱からまた1本煙草を抜いて火を付けようとしている先生に向かって冷静に問う。しかし、ケロッとしながら先生は屁理屈紛いのことを言うと2本目を吸い始めた。先生は私のことなんかまるで考えている風でもなく、本当に自分が好きなように振る舞っていて。

もう駄目だ、とほとほと呆れて、私は今度こそ帰ろうと立ち上がる。先生は最初とは違い、引き止めなかった。ただ、梯子を降りようと足をかけた時に「またな」と緩く声をかけられた。それに対して私は返事をせずに屋上から出ていった。

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