《MUMEI》
エミリ
「何?」

「あの、今日、英語のノートの提出日なんだけど、出してくれないかな……?」

オドオドして話すのは、きっと亜梨沙や美知に怯えているからだ。「そうだっけ、」と彼女達は、かったるそうに顔を見合わせている。4時間目が終了してすぐに教卓の上に提出した私には、もう何の関係もないことだ。

「私、全部ノート取ってないんだよね。後で出しとくから良いわ」

「私もー」

「私は家に置いてきたから」

口々に並べられる言い訳を不安そうな面持ちで聞いていたその子は「そ、そっか」と吃(ども)りながら退いていった。

次いで男子にも同じように提出を促すが、「俺、ノート取ってねーし!」と断られている。あの子も大変だな、と他人事のように(実際そうなのだが)感じていると、先ほどから爪を磨いていた亜梨沙がその出来映えを眺めながらボソッと吐き捨てた。

「あいつ、ムカつく」

「言えてる。あいつ、エミリとかシャレた名前してんのに地味だし」

「そんな本当のこと言ったら可哀想じゃん。でもま、今時三つ編みに眼鏡じゃねえー」

「てか、挙動不審だよね」

――始まった。丁度良い的が見付かったと言わんばかりに、皆それぞれ言葉の矢を放ち始める。そして、何がそんなに可笑しいのかゲラゲラと下品に笑い、大袈裟なほど机や手を叩く。まだわりとエミリは近くにいるのだから、今の会話は絶対に聞こえているだろう。チラリと盗み見ても、彼女は俯き気味なので表情は分からなかった。

キャバ嬢みたいにケバケバしい彼女等から見れば、ただ地味な女にしか映らないのだろうが、エミリは可愛いと思う。だからこそ、分厚い眼鏡で顔立ちを隠してしまうのは勿体ないような気がしてならない。……まあ、どうだって良いけど。

「理緒もそう思うよね?」

「――そうだね」

どれに対して同意を求められたのかはよく分からないのだが、エミリの悪口だということは明白だったので小さく笑みながら頷く。「でしょ!?」と満足そうに笑っている彼女等を前に私は溜息が漏れるのを必死で我慢していた。

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