《MUMEI》
先生と遭遇
梅雨入りするならすれば良いのに、今日は嫌味なくらい快晴だ。「そろそろ梅雨入りの兆しが……」なんて毎日のように言っている天気予報のお姉さんさえ恨めしい。雨が降ったら降ったで、屋上に行けなくなるから晴れているに越したことはないのだけれど。

そんな朝、私は屋上へ出向いていた。実は、いつも屋上へ行くのは、昼か放課後で、朝からここへ来るのは初めてだった。何となくだが、目覚めた瞬間から、亜梨沙達と関わるのが面倒だったのだ。だから、始業のチャイムが鳴るまでここで時間を潰そうと思い付いた。それに、こんなに早い時間なら浅倉先生とまた鉢合わせることもないだろうと思った。

――のに。

「おー、おはよう」

「ゲッ」

「……そういうことは口に出さないのが礼儀です。ほら、折角来たんだから帰ろうとしない」

梯子をよじ登り、頭だけ頂上に出した瞬間、いないだろうと思っていた人物と目が合う。予想していなかっただけに、素直に本音が漏れた。苦笑いしながらも先生は、「上がった上がった」と引き返そうとする私に声をかけてくる。このまま戻ってもどこへ行く当てもないし、亜梨沙達と一緒にいるよりは先生の方が私が素でいる分、マシだろうと妥協した。

「何、してるんですか」

「丸付け」

「外でですか」

「見ての通りですけど?」

コンクリートに足を着き、改めて先生の姿を捉える。今日、先生の指にあるのは煙草ではなく、赤いマジックだった。近くにある紙の束は、最近行われた中間テストの答案用紙だろう。

「答案、汚れますよ」

「下に出席簿置いてるから大丈夫」

「…………」

それもどうかと思う、と呆れている私を尻目に先生は作業を再開させた。円を描く音が連続しているので、この生徒は頭が良いのだろう。先生の傍を見やれば既に丸付けを終えたらしい、1クラス分の紙束を見つける。随分長いこと、ここにいたのだろうかと考えていると、先生は不意に口を開いた。

「こんなに天気良いのに、外に出ないと損だよな」

「蒸し暑くて不快ですけどね」

使い古した、みたいな台詞を吐いた先生に向かって、皮肉などではなく感じたことをそのままぶつける。今は6月、天気は良くとも湿度は高くジメジメしていて気持ちが悪い。

それでも、ここから見える景色は好きだ。何の疾しさもない澄み切った青空に、生命力溢れるキラキラした新緑、玩具の集合体みたいな町並み。こうして眺めていると、凄く自由になれた気がするから。

「そういえば、この前どうだった?」

「え?」

「友達と歩いてるのが、職員室から見えたんだよなあ」

「あ、」

きっとカラオケに行った日のことだろう。それ以外に"この前"と称されるようなことはなかったし、友達とも歩いていないのだから。校門を潜る前からわざとらしいくらいテンションを上げていたので、あれを見られていたのかと思うと気恥ずかしくて堪らなかった。先生の手は、休まずに動いていて、今、ビッと赤ペンでバツを付けたのが分かった。

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