《MUMEI》

「どうって……いつも通り」

「いつも通り、しんどかった?」

「別に先生に関係ないでしょう?」

刺々しく言い放っても先生は「まあ、そうだけど」と気の抜けた相槌を返してくるだけだった。最後まで丸付け出来たようで、右下に大きく点数を記している。中々の高得点だな、と顔も名前も知らない人物に感心していると、先生は次の生徒の採点に取りかかった。

「自分、出さないから楽しいもんも楽しくないし、しんどいんだろ」

「朝からいきなり何ですか、説教?」

「いや、これは独り言だから、中原は適当に聞き流せば良いよ」

「分かりました。じゃあ勝手にどうぞ」

先生の口振りからいっても、耳が痛いことを話し出すのだろうと予感する。だが、私は痛くも痒くもないみたいな顔をして嘲笑ってやるのだと心の内で決意して先生の言葉を待つ。ずっと手を動かしていた先生は疲れたようで赤ペンを一度、地面に置くと右手をブラブラと左右に振った。そして口を開こうとしたその時だった。

「うわっ!」

何の前触れもなくいきなり、突風が吹き抜けたのだ。紙束はベラベラと捲れ上がり、採点中の答案や模範解答なんかは宙へ舞い上がる。それを慌てて先生は引っ掴む。同時にグシャリと紙が丸まる音がした。この答案の主に少しだけ同情する。

「危ねっ! マジでビックリした!」

「だから言ったじゃないですか!」

「分かったから、中原はそれ、押さえて!」

のらりくらりとしている先生でも答案用紙が飛ばされてしまいそうな今の状況には焦っている。助ける義理もないし、放置したって構わなかったのだが、あたふたしている先生を目の前にすると、思わず言われた通り紙束を押さえ付けていた。

数秒すると風も凪いで、また静かな空間が戻ってくる。手を放して、バサバサになっていた髪の毛を整えていると、先生も胸を撫で下ろしていた。

「これに懲りたら、もう外で丸付けなんかしないで下さいよ」

「名案だと思ったのに……」

「そんなことしても可愛くないですから」

むう、と膨れっ面をして見せた先生は可愛くないどころか気色悪い。「何でそんな冷めた目で見るの」と先生は少し傷付いたようだが、不意打ちで鳴ったチャイムにビクリと肩を上下させた。もう時間が来たらしい。

「ヤベ! 朝礼始まる!」

「教頭、めっちゃ怖えーのに!」と喚きながら、答案用紙やら出席簿やらを掻き集めると、バタバタしながら先生は梯子を下りていった。結局、先生が何を言いたかったのかは謎のままだ。

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