《MUMEI》
煙草とブラックコーヒー
「本日二度目だな」

「自分を呪いたくなりました」

本当に私は馬鹿だ。真っ直ぐに帰れば良かったと苦虫を噛む。放課後、保健委員会の集まりがあり、私はそれに出席してきた。そして、解散になると、再び屋上を訪れた。

ちなみに、とっくに亜梨沙達は下校している。だからなのかもしれないが、何となく気が向いたのだ。それに浅倉先生とは今朝、ここで会ったのだから放課後はいないのではないかと推測した。それなのに、再会してしまった。ちっとも嬉しくなんかない。

「はい、座る座る」

ポンポンと先生は自分の隣を叩く。最近まで何故、鉢合わせなかったのだろうとさえ思うが、三度目ともなると耐性が付いたのか、諦めて傍に腰を下ろす。どうやらお楽しみの最中だったようで、先生は煙草を吹かしていた。煙がこちらへ流れてこないのは幸いである。

「丸付け終わりました?」

「まだですよ。こりゃ、残業か家に持ち帰るかだわ」

「あー、嫌になる」と胡坐を掻いている腿の上に頬杖をついて、先生は愚痴紛いな台詞を零した。ただ授業だけを熟していれば良い訳でもなく、だからといって給料が頑張りに比例される訳でもないのに、日々仕事に追われている先生には素直に感心する。

そんなだから、彼女に愛想を尽かされたんだろうなとぼんやり考えていると、先生は溜息をついた。そのすぐ後に思い切り煙を吸い込んでしまったらしく、盛大に咳き込み始める。

「ちょ、大丈夫ですか!?」

ゲホゲホと、放っておけば嘔吐するのではないかという勢いで噎せ返っている先生の背中をゆっくり上下に擦ってやる。

「ウゲッ……はあ、悪り」

「いえ。あ、飲みます?」

落ち着くかもしれないと閃き、息も絶え絶えな先生に自分のために買ってきた缶コーヒーを差し出す。

「ブラックですけど、大丈夫ですか?」

「俺、コーヒー、ブラックしか飲まないから、平気」

苦しそうに言葉を紡ぐと、先生は私の手から缶コーヒーを受け取った。先生の指から煙草を抜き取り、近くに置いてあった携帯灰皿に押し付ける。これで火や灰の心配はないなと安堵しながら視線を先生に戻せば、未だ缶コーヒーを握ったままでプルトップを引く気配はない。

「飲まないんですか?」

「何か、勿体なくて……」

「缶コーヒーが?」

「うん。折角、中原がくれたのに。持って帰って、家に飾りたいくらい感動した」

「サッサと飲んで捨てて下さい」

冗談とも本気とも付かないことを口にする先生を一刀両断する。「うーん……」とそれでも煮え切らない様子の先生をジロリと睨めば、踏ん切りが付いたのかプシュッと缶を開けて豪快に飲み下した。

「はあー、生き返った」

世の中の親父共を想像させる台詞に眉を顰める。そのうち、この瞬間のために生きてるなどと言い出すのだろうかと、どこまでもくだらないことを真面目に考えてしまう自分が悲しい。

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