《MUMEI》
センスの問題
「先生って、子供かと思えば親父にも見えますよね」

「何でそんなに極端なの? せめて大人と言いなさい」

「子供みたいに奔放なのに、煙草吸うしコーヒーはブラックだし、生き返ったなんて言うし」

「無視?」

「ああ、でもそのトレーナーのセンスは無邪気というか大胆ですよね」

「何ですか、それ」と先生が着ているグレーのトレーナーを指差す。缶コーヒーを、煙草の箱や携帯灰皿の傍に置くと、先生は両手で自分の着ているトレーナーを私に見せるために斜め下へ引っ張った。

「あれ、知らない? 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……って」

「知ってますよ。平家物語の冒頭でしょう?」

「あ、良かった」

心底ホッとした様子の先生に、私は自分が頭が悪いと思われているのかと些か疑問を持つ。「一般常識でしょう」と冷静に返せば、先生は苦笑しながらも理由を教えてくれた。

「いや、今日これ見た3年が、『源氏物語だっけ?』とか言うから……」

「教育者としての熱意損なうよなぁ」と先生はしみじみしている。この人にその熱意とやらがあるのかは謎だが、ああ、そうだったのかと腑に落ちる。交通手段はほぼ車だろうが、これでは帰宅途中にコンビニに寄ることさえ恥ずかしい。前だけで相当なら、後ろも更に強烈だ。

「『平家にあらずんば人にあらず!』って……」

「お、気に入った? Tシャツバージョンもあるからやるか?」

「何でそんな解釈するんですか。そもそもサイズ合わないでしょう?」

「いや、洗濯して良い感じに縮んでるはずだから平気かと」

「思いっ切りおさがりじゃないですか」

「古着だと思えば、万事解決じゃん」

「じゃあ、切って雑巾にでもします」

「え、俺どんな反応すれば良いの」

応酬が一旦途切れた。先生の顔には何とも複雑そうな色が浮かんでいて。雑巾でも構わないと喜べば良いのか、それとも酷いと嘆けば良いのか分からないといった感じだ。「雑巾って……」とブツブツ独りで繰り返している。本気でどう反応すべきか悩んでいる先生が何だか可笑しくて、私の唇からはフフッと笑い声が漏れた。

「――え?」

瞬間、「うーん……」と唸っていた先生はパッと顔を上げてこちらを向いた。幽霊かお化けか、とにかく信じられないものを見たというような表情をしている。

「どうかしたんですか?」

「いや、普通に笑うんだなーと」

「そりゃ、楽しければ笑いますよ」

「ふぅん?」

あ、と自分の失態に気が付いたのは愕然としていた先生の表情が含み笑いに変わったからだ。私はたった今、楽しんでいたことを暴露してしまったのだ。鬱陶しくて堪らないはずなのに、知らず知らずの間に楽しんでいたのか、私は。

「楽しいねー……」とニヤニヤしている先生をぶん殴ってやりたい。今どんな言動を起こしても状況は悪くなるばかりだと危惧し、私はプイッと先生から顔を背けた。身体の左側――先生側だけがやたら熱かった。

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