《MUMEI》

「彼氏って、例の財布の?」

「そう。何か結局、財布だけ貰って終わっちゃった」

悪怯れた様子のない亜梨沙に向かって「うっわ、最悪」と岬が言い放った。しかしそれは、軽口や冗談の類のニュアンスで、完全に面白がっているものだ。美知や芽衣も同じ表情で似たようなことを口にする。何て女だと感じる私は間違っているのだろうか。

「ね、理緒。どっちが先に彼氏出来るか競争しない?」

「えー、亜梨沙に敵う訳ないよ」

ムクムクと湧き上がる私の意地悪な思いに気付くはずもなく、「亜梨沙、魔性の女だからなあ」と残り3人は感心している。恋人と長続きしたことのない、ただの尻軽女のどこに尊敬する点があるというのだ。切り替えが抜群に早いところだろうか。

「ま、取りあえずまずは亜梨沙の失恋を慰めるためにパーッとやりますか!」

「ちょっとその言い方やめてよ。私が、振ってやったの!」

「まあまあ。取りあえず今日は私達が奢るから! カラオケが良い? ファミレスが良い?」

「じゃあ、カラオケで美味しいもの食べる」

とにかく騒ぎたい口実を作って、派手に遊ぼうと企てている彼女等に、私は声をかけた。

「ごめん、私パス」

ピタリと彼女等の動きが止まった。続いて驚いたような表情で私を見つめる。多分、いつも話が振られてから返事をする私が先に、それも断りを入れたからだろう。実際、ここ最近はパスすることもあったが、返事を求められてから答えていたのだ。「何で?」と訊かれたので、どうしても外せない用があるのだと申し訳なさそうな顔を作って話す。

「本当にごめん。私も亜梨沙のこと慰めたいんだけど、どうしても都合がつかないの」

「だから、振ったのは私だって!」

不満そうな彼女等に向かって、亜梨沙を慰めたいことを強調すれば、すかさず本人から突っ込みが入る。それでいつもの調子が戻ってきたらしく、「仕方ないか」と理解してくれた。

話が一段落した頃、昼休み終了のチャイムが鳴った。次の時間は、基礎クラスと応用クラスに分けられ、授業が行われている数学だ。このグループの中では、私だけが応用クラスに属していた。だから、隣の空き教室に移動しなければならない。「じゃあね」と簡単に声をかけると私は早々に亜梨沙達から離れた。

「最近、理緒付き合い悪いよね? 3回に1回のペースで断るし」

不服そうな亜梨沙の声が背後で聞こえた気がした。

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