《MUMEI》 1「……エエ風やん。今日」 街一番に高い櫓 その頂に座り、そよそよと前髪を揺らすその風に身をゆだねながら 播磨 志鶴は下の様子を眺め独り言に呟いていた 「……今日も、見てるだけなの?志鶴君」 背後からの声 ゆるり振り返ってみればソコに居たのは顔なじみ 手に持つ提灯の灯りが仄かにその顔を照らしている 「何で志鶴君、皆と一緒に居ないの?」 「……めんどい」 人混みを見下ろしながらそれだけを返せば 相いてはやれやれと溜息を一つ吐き、その傍らへと腰を降ろした 「でも、なんで皆こんな風に夜を呼ぶんだろ?」 同じ様に舌を覗き込みながらの一言 徐なソレに、解っていてこの騒動に参加しているのではないのかを返せば 「……俺、夜って嫌いだもん」 子供の様に頬を膨らませ、顔を背ける 益々、解らない 嫌いならば、こんな事に参加などしなければいいものを そう思いながらもい、敢えてソレを口にする事はない 「せやったら、早う家帰り」 「志鶴君?」 「もう少ししたら、完璧に陽ィ暮れるからな」 そうなる前に帰った方がいい 手を振ってやりながら言ってやれば 相手は徐に空を仰ぎ見、そうすると頷いた 逃げる様に帰路に着く相手 その背を見えなくなるまで見送ると、播磨は掛け声と共に腰を上げる 播磨の背の分だけ高く、そして広がる視界 相も変わらず流れ行く提灯の灯りの中 他のものとは違う彩りを、播磨はその中に見つけた 「……花魁様の、お通りや」 下駄を擦るような音を鳴らしながら人混みをかき分け歩く、夜の姫 播磨は口元を緩ませ、そして櫓から飛んで降りる 降り立った先は丁度、その花魁の目の前だ 「お久しゅう。お姫さん」 突然に現れた播磨に、花魁の傍らへと付き従っていた従者が前に出る ソレを花魁は穏やかな笑みで制し、改めて播磨と対峙した 「……相変わらずですね。播磨」 「お姫さんも」 「それで?何をしに来たのです?」 「別に、何も」 何となくだと返せば、また向けられる穏やかな視線 だがその中に蔑む様なそれがある事に播磨は気が付いていた 「……迎えに来てくれなかったくせに」 一言吐き捨てる様に呟き、花魁は播磨の真横を通り過ぎる その背を暫く見送ると、播磨は身を翻し帰路へ ああ、夜が来た 陽が沈み、満月が空を支配すれば ソレをまるで合図に、群衆が一斉に声を上げた ヒトとしての理性をすべて手放し、皆本能の赴くままに動く 食欲・性欲・睡眠欲 その箍が外れてしまえば、その実人など獣と然して変わらない 「ねぇ、ソコのお兄さん。私と、イイ事しない?」 背後からの声に振り返ってみればソコに、一人の女 誰も彼もが今だけは欲望に忠実だ、と 強請る様に触れてきた女の手を取り、その手の平に口付ける 「今、そんな気分ちゃうから。これで堪忍」 「あら、つれない」 女はさも残念だと言わんばかりに肩を竦ませ だが聞き分けは良いようで 播磨の頬へと触れるだけの口付けをすると、手を振り女はその場を後に 頬についてしまった紅を手の甲で拭うと播磨も歩き出す 歩き始めた、その直後 人の呻く様な声が聞こえ、、そして朱の水滴が脚元に散った 何事だろうかとそちらを向いてみれば ソコに転がっていたのはヒトの首とそれが繋がっていたであろう肢体 まだ僅かにけいれんを起こしているソレを無表情で見下ろしているのは まだ幼い少女だった 播磨の姿を見るなり、無表情だった少女はハッと表情を強張らせ 素早く身を翻すと逃げる様にその場を後に 「……姫さん、アンタが好き言うてた街、滅茶苦茶やで」 血塗れの地面を眺め見ながら独り言に呟く あの花魁は嘗て、播磨が世話になっていた家の一人娘だった 播磨によく懐き、よく笑う可愛らしい少女 それが笑わなくなり、毎日の様に泣く様になったのはいつの頃からだったか ふと思い返してみても定かではなく 播磨は何となしに溜息を吐き、髪を掻き乱す 「……播磨、志鶴様でいらっしゃいますか?」 暫くそうして居ると、唐突に掛けられた声 今度は何なのか、苛立ちも露わに向いて直れば 「……こんな男の、どこがいいのかしら」 それまでの丁寧な物腰は一瞬にして失せ 女は播磨へと蔑む様な表情をして見せた 「自分、何なん?」 前へ |次へ |
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