《MUMEI》
エミリの家庭環境
「そういえば、駅前で谷村(たにむら)さん達見かけたよ」

「ああ、カラオケ行くって言ってたから」

「中原さんは行かないの?」

「断ったんだ。面倒だったし」

帰る方向が同じだったらしい、卵のパックを鞄に詰めると話をしながら歩き出していた。エミリの話に耳を傾けながら、結局亜梨沙達はいつもと同じ駅前のカラオケに行ったんだなと思う。特に興味もないので、そこから話を広げることはしない。エミリも「そうなんだ、」と言っただけで、もう何も訊いてはこなかった。

暫く歩くと、エミリは息を吐き、トートバッグをさっきとは反対の肩に掛け替えた。醤油切れたから買ってきて、程度のお遣いではなかったのだと、見るからに重そうなそれを目にして悟る。「結構買ったんだ、」と声をかければ、彼女はフフッと微笑んだ。

「私、父親と弟の3人暮らしなの。だから、料理はほとんど私の担当なんだ」

「……お母さんは?」

「母親は弟産んで、すぐ亡くなったから。元々身体の弱い人だったし」

無神経なことを尋ねてしまったか、と自分の発言を振り返るが、気を悪くした風でもなくサラッとエミリは教えてくれた。きっと母親を懐かしんでいるのだろう、どこか遠い目をしていて。きっと他人に言っても、恥ずかしくない理由だから、何でもないことのように口に出来るのだろう。

私は、絶対に言わない。言えない。両親の離婚の原因なんて。「でも、」と耳に入ってきたエミリの声にハッと我に返る。無意識に噛み締めていたのだろう、唇を舐めると鉄の味がした。

「たまには、皆みたいに放課後遊びに行きたいなって思うの。カラオケとかも行ってみたいし」

「そんなに良いものでもないけど?」

「そうなの?」

「やたら煩くて私は好きじゃないな」

「そっか。でも、中原さんが一緒なら楽しいと思うけどな」

「はあ?」

本当に意味が分からない。私なんかと遊びに行ってもつまらないだけだろう。(私はお断わりだが)まだ亜梨沙達とカラオケにでも行った方が楽しめそうだ。悶々としている私に構わずに、エミリは冗談混じりに言った。

「もし遊びに行ける日があったら、付き合ってよね」

「……考えても良いけど」

素っ気なく返答すると、エミリは本当に嬉しそうに笑った。そんな彼女は何だかとても眩しくて、私は目を細めた。

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