《MUMEI》

何をしようとした訳ではない
唯どうしてか、あの場に居る事が出来なかった
「おや、また会いましたね」
暫く当てもなく歩いた後
つい先刻聞いたばかりの声を背後から聞く
片岡は振り返る事はせず、脚を早めた
「待って下さい。あなたに、お聞きしたいことがあるんですよ」
肩を掴まれ、無理矢理に引き止められる
仕方なく首だけを向かせてやれば
「……あの天道虫を、どうするつもりですか?」
顔を間近に寄せられ、問われた
殺すと公言した人間が、一体どんな返答を望むのだろう
守るとでも言ってやれば、この相手は満足気に嘲るのだろうか?
相手の意図がどうにも分からず、何も返さずにいると
フッと、相手が息をはくその音が聞こえた
「その答えは急ぎません。また、きます」
踵を返すと、その場を後にしていた
不愉快、極まりない
その背を睨み付けながら、だがすぐに片岡も踵を返すとまた歩き出す
何処へ行こうとしているのか解らないままに、片岡は唯ひたすらに歩く
「主!!」
途中、怒鳴る様な声が聞こえ片岡は脚を止める
向いて直ってみればソコに七星が立って居た
何を慌てて居たのか脚元は素足
そのせいか細かい傷が脚の至る所に傷がついてしまっている
「お前、何やってんだよ」
これ以上傷を負うたりしない様にと七星を抱え上げてやる片岡
その身体はどうしたのか、小刻みに震えていて
それは見ていていっそ可哀想になる程だった
「……帰るぞ」
短く一言で、片岡は七星を抱えたまま帰路へと着く
h七星は未だ震えるばかりで
どうしたものかを片岡は徐に上を見上げる
「七星、上見てみろ」
見上げた先に広がるのは空一面の星
片岡が指差した先には星が七つ並んだ星座が
「主、あれ、あれ何!?」
夜を怖がる七星は星空こそ初めてで
ソコに輝く星座に興味津々だ
「すごく、綺麗。ね、主!」
先までの不安気な顔は何処へやら
その表情には笑みが浮かび、星空に見入った
「……みんな、お天道様に愛されているから、あんなにきれいなんだ」
「七星?」
「……私も愛して貰えてたら、まだ飛べてたかな」
地上に落ちる事無く、お天道様の近くまで
そう呟く七星の横顔は笑みを浮かべてはいたが、どこか寂しげなソレで
飛んで、行きたいのだろうか?
不意にそんな事を考えてしまいながらも、その答えを聞く事を片岡は躊躇してしまう
帰りたいと言われてしまうのが、どうしてか怖かったからなのかもしれない、と
そんな事を考えてしまう自身に苛立ちながら、片岡は髪を手荒く掻き乱していた
「お天道様に慈悲なんてもん、ありゃしないよ」
どれくらいの間そうして居ただろうか
背後から声が聞こえ、向いて直ってみればソコに
身体の至る処に晒しを巻いた女性が一人、立って居た
雑に巻かれたそこから僅かに見える肌には酷い火傷
陽の光に焼かれてしまったのかと片岡が相手を見やれば
「……その子、天道虫だろう?何で、此処に居るんだい?」
だがその相手は片岡ではなく、七星を指すような視線で見やっていた
ソコに在ったのは、憎悪
あからさまにソレを向けられ、七星は片岡の背後へと隠れてしまう
それでもにじり寄ってくる相手
伸ばされた手があと少しで七星に触れる処まで近づいた、その時
片岡がソレを掴み、止めていた
「……何してくれる気だ?」
刺すような視線を向けてやれば
相手は歪な笑みを口元に浮かべながら徐に懐から何かを取って出す
出したそれは短刀
掴んでいた片岡の手を振り払うと、それが七星へと向けられた
殺そうとしている
その意図は明らかで
短刀が振り下ろされたのと、片岡が七星を庇ったのが同時
その刃は七星に届くことはなく
片岡の腕の肉を深々と抉るだけに終わる
「主……!」
皮膚を歪に伝いながら流れ落ちていく血液
それは指先まで流れ、そして指先から落ちていく
「お天道様は、ヒトが嫌いなんだよ。上の方からヒトが干からびて死んでいくのを楽しんでる」
「そ、そんな事……!」
無い、と漸く声を出した七星を相手は睨み付け余らせる

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