《MUMEI》

行き成りで随分な物言いだとつい睨む様に見やれば
だが相手は答える事はせず
「今日はこれで失礼いたします。それでは、また」
丁寧な物言いに戻ったかと思えば深く頭を垂れ、女はその場を後に
全くよく分からない
結局、何が言いたかったのだろうと播磨は怪訝な顔で
だがこれ以上、この場に留まっていても仕方がないとでも思ったのか
播磨は素早く身を翻すと改めて歩き始める
さっさと帰って寝てやろう
そんな事をぼんやりと歩きながら考えた、その直後
辺りが一瞬にして静寂に染まっていった
それまで聞こえていた虫の声や風の音も何も聞こえなくなり
ソコに在るのは唯純粋の夜ばかりだった
「志鶴君!!」
その静寂を破る怒号
何事かと脚を止め、そちらへと向いて直ってみればあの知人の姿が
随分と息を切らせているその様にどうしたのかを問うてやれば
相手は詳しく話すよりも先に、片岡の腕をつかむとそのまま歩き出す
そして到着したソコには、人の死体がまるでモノの様に転がっていた
相手は顔面蒼白で
知った顔なのだろうと、伏せている死体の顔を覗き込んで見る
「自分、この仏さんと知り合いやったん?」
播磨の知った顔ではなく、相手へと尋ねてみれば
相手はその場に項垂れる科の様に膝を崩していた
「……それ、俺の姉ちゃん」
聞かされたソレに播磨は僅かに眼を見開き
改めて死体の顔を覗き込みながら
だが、姉が居た事を始めて聞いたと相手へと言ってやれば
「……俺が4歳の時、遊郭に入ったから。でも、なんでこんな……」
すっかり動揺してしまっている相手
このままこの場に居させるのも忍びないと
播磨はその手を引きその場から離れようと身を翻した
「……播磨」
酷く澄んだ声が、播磨を引き留めた
聞き馴染んだ声
あの花魁のソレだと、播磨がゆるり向き直れば
ソコに、その姿があった
「姫さん……」
こんな処にまで何をしに来たのだろう
花魁の方を窺う様に見やる播磨へ
見入ってしまいそうな程綺麗な微笑を花魁は浮かべて見せる
「……どうなってんのか、聞いてもええか?」
「何がですか?」
目の前のそれがまるで見えていないかの様な花魁
世間話でもするかの様な気軽さで播磨と対峙していた
だが微かだが花魁から漂ってくる血の臭い
播磨はそれを問わずにはどうしてもいられない
「回りくどい言い方嫌いやから単刀直入に聞くけど、アレ殺ったの、姫さんか?」
「何故、そう思うのです?」
明らかに疑惑の念を抱く播磨からの問いに
花魁は、だが気分を害したわけでもなく何故か問う
何なのだろう、この笑みは
穏やか過ぎるその表情に、播磨はこれ以上無いほどに違和感を覚え
同時に、恐怖感すら抱いていた
「……姫さん。自分、何者になったん?」
「何者……?どういう、意味ですか?」
解らない、と小首を傾げて見せる花魁
その仕草だけは播磨の知る幼少の頃と変わらず
何がどう変わって、こうなってしまったのか
歯痒さに播磨は奥歯を噛み締める
「……もし、私が変わってしまったというのなら、それはあなたの所為です。播磨」
苦い表情の播磨へ
花魁もまた、僅かに苦い表情で小さく呟いた
「……私はもう、陽の元へは戻れないから」
どういう事なのだろうかと播磨が花魁へと視線を向ければ
花魁は何を返す事もせず、着物の袷へと徐に手を忍ばせた
其処から取って出したのは、短刀
ソレを播磨へと差し向けながら
「……あなたも、連れて逝く」
満面の笑みを突然に浮かべたかと思えば、播磨の腹部をその刃物で刺し抜いていた
刃を伝い滴り始める血液
その一瞬後に来る痛みに、血が口元を這う様に伝っていく
「痛いやん。何すんの」
「……痛みなんて一時、すぐに消える。けれど、私は……」
何かを言いかけで、花魁は口を噤む
言いたい事があれば言えばいいものを
中途半端に言いかけて口を噤んでしまう処は幼少の頃と変わらない
「日和様」
暫く無言で互いに対峙し、その沈黙は直ぐに破られる
以前、播磨に声を掛けてきたあの女性
相も変わらず播磨へは解り易いほどの敵意を向け、花魁の横へと付き従っていた
「……どうか、した?」
何かあったのか、と問う花魁・日和へ

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫