《MUMEI》
スーツ
「誰ですか」

「そりゃねぇーだろ」

今朝を境にして、私はハブられた。ただ、自分からは亜梨沙達に近寄らなかったので、確証はない。が、あの時の激昂ぶりといい、刺すように私を睨んでいる様子といい、歓迎はされないだろう。「大丈夫?」と時々エミリは不安そうな面持ちで声をかけてきたが、鸚鵡返しにして頷くだけだった。

私は今、やっと笑顔の仮面を外すことが出来て清々している。しかし、何となく虚しいのも事実で。

自分の気持ちが分からなくてモヤモヤしながら屋上へ出向けば、いつものように先生がいた。が、梯子の傍にスーツ姿で立っていたのだ。見慣れない格好をしているので、一瞬だけ判断に悩む。それから、真顔で誰だと尋ねた私に、苦笑を混じえた先生の突っ込みが入った。

「何でスーツなんですか」

「実はこれから、出張」

「出張?」

「半日だけな」

これから出かけるのに、コンクリートの上に座るとスーツが汚れてしまう。それを恐れたから、先生は上には上がらずに梯子付近に立っていたのだろう。

教師なのに滅多にスーツを着ない先生は違和感を覚えずにはいられないようで、「堅苦しくて堪んねーの」と襟元を緩める仕草をしてみせた。私も、スーツを着ている先生は別人に見えて戸惑う。

「襟触るから、ネクタイ曲がりましたよ」

「うわ、本当だ。苦労して結んだのに!」

「何やってるんですか。……って、ますます酷くなってますよ」

「あ゛ー、だからネクタイって嫌いなんだよ」

「不器用にもほどがあるでしょう。ほら、直してあげますからジッとしてて下さい」

冗談なんかではなく、本当に苦労してネクタイを締めたらしい。それは、直そうと必死になっているにも関わらず、ますます曲がっていくネクタイを見れば一目瞭然だった。先生がスーツを好まない理由が分かったような気がする。

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