《MUMEI》
Tシャツ
「でもまあ、大事なのはこれからだな。中原はまだ1年なんだから、友達作るチャンスなんてまだまだいっぱいあるだろ? その時に今度は本当の中原でぶつかっていけば良いさ。てことで、はいよ」

「何ですか、これ」

「前言ってたやつ。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。……はい、続きは?」

「え、沙羅双樹の花の色……って、本当に持ってきたんですか」

ごく稀にだが、この人は教師としての顔を覗かせる。……と思ったのも束の間で、次の瞬間には、ほぼ正方形をした茶色い紙袋が私へと差し出されていた。それは、ずっと先生の足元に置いてあったものだ。何だと尋ねれば、以前話に出たTシャツバージョンのあれをどうやら本当に持ってきたらしかった。

「何と、まだ一度も着てなかったのが1枚あってさ」

「はあ……」

何故か先生は誇らしげだ。今の口振りからすると、同じのが他にもあるということだろう。どんなセンスをしているのだと半ば呆れ果てながら返事をすると、「何だよ、もっと驚くか喜ぶかしろよ!」と駄目出しされる。

「どう反応すれば正解なんですか」

「わあ、素敵!とか何かあんだろ」

「ないです」

「あー、そう」

私の一刀両断ぶりに諦めたのだろう、先生は投げやりな相槌を返してきた。私も、これ以上返す言葉もなく口を閉じる。

すると、先生はスラックスのポケットに手を突っ込んで、携帯電話を取り出した。ここで正確な時間を知るには、携帯か腕時計を見る以外、方法はない。案の定、携帯を開いて時間をチェックしたらしい先生はおもむろに歩き出した。

「じゃあ、そろそろ俺は行くかな。それはまあ……雑巾にでもしてやって」

ヒラリと手を振りながら、先生は屋上から出ていった。残された私は、紙袋を少し広げて中身を覗き込む。言っていた通り新しいのだろう、Tシャツにはタグがついたままだった。

「……どうするかな」

いくら大胆過ぎるTシャツでも、私はきっとこれを捨てることは出来ないのだろう。ポツリとした呟きは雲行きが怪しい空の下で消えていった。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫