《MUMEI》

 「片岡――、居る――?」
翌日、来客があったのは早朝、丁度食事時だった
何事かと食べる手はそのままに相手を見やれば
相手は挨拶も無しに上がり込むと、片岡の前へと腰を降ろす
「片岡、私にもお茶」
遠慮するでもなく、相手は片岡の湯呑を奪うとそのまま飲み始めた
勝手するのはいつもの事
然して気にするでもなく、片岡は自分用にと新しい湯呑へと茶を注ぎ、食事を進める
「処で、七星ちゃんは?」
姿が見えないようだが、との相手へ
そう言えば、と片岡は箸を置くと、七星が寝ている筈の寝室を覗き込む
ソコに敷いてある七星の布団
だが、居ない。その姿がどこにも見当たらなかった
「あいつ、何処行って……」
今まで七星が何を告げる事もなく出掛けた事などなかった
瞬間、嫌な予感が脳裏をよぎる
「七星ちゃん、居なくなっちゃったの?どうして……」
相手の言葉を最後まで聞くことをせず片岡は外へ
草履も適当に突っかけたまま、七星が行きそうな場所を手当たり次第に探して回る
何処へ行ってしまったのか
一向に見つからない七星に焦りばかりが募っていく
「おや、またお会いしましたね」
途中、聞き覚えのあるその声に片岡はつい脚を止めた
「……六星、だったか?何か用か?」
急いでいるのだがと睨み付けてやれば
相手・六星は嘲る様な笑みをその口元へと浮かべて見せながら
「あの出来損ないをお探しですか?あれなら」
途中、言葉を区切ると六星は山の頂きを徐に指差す
「まるでヒトからの逃げるかの様にあちらへと走って行くのを見ましたよ」
一体なにをしに行ったのかと嘲る様な笑み
そんな事、こちらが知りたい
苛立ちも露わに、片岡は六星の真横を通り過ぎて行く
「アレの処に行くのならばお気をつけて。あの場所は今、最も陽の光に近い場所ですから」
その言葉だけを残し、六星は歩き去っていった
相も変わらず、いけ好かない
片岡は心中毒づきながらも、今は七星を探す事の方が先だと走り出す
六星が教えた山
獣道を何とか通りながら漸く山頂へと辿り着けば
ソコに、一人佇む七星の姿があった
「……こんな処で、何してる?」
膝を抱え蹲っている七星の横へ片岡も腰を降ろす
ソレに気付いたのか、七星が僅か身体を震わせる
だが顔は伏せたままで
片岡はやれやれと苦笑に肩を揺らした
「まぁ、いいか。ここは風が気持ちいいからな」
多少なり日差しは強いが、と布を目深にずらす片岡へ
七星は漸く顔を上げたかと思えば立ち上がり
片岡へ影を作ってやる様に上から覆い被さる
「……ダメ、だよ。主。これ以上、近づいちゃ、ダメ」
「七星?」
「お天道様、今怖い。きっと怒ってるの」
「怒ってる?何故?」
「……私が、役に立たないから」
呟く七星
それはどういう意味なのだろうか
片岡はその理由を窺うかの様に七星を見やるが
その七星は押し黙ったまま
七星のその様に、言いにくい事なのだろうことを察し
手を引いてやると、片岡は七星を膝の上へ
「……主」
背に感じる片岡の体温
自分より僅かばかり低いソレに、七星は心地よさを覚え
全身の力を抜き、片岡へと身を凭れさせた
「おや、随分と可愛い天道虫じゃないか」
それとほぼ同時に聞こえてきた声
片岡がその声に振り返ってみればソコに
女が一人、立って居た
七星を殺しにでも来たのだろうか?
つい身構えてしまえば
「安心おしよ。私は、その子の敵じゃない」
相手はフッと肩を揺らし七星の前へ
僅かに身体を震わせ、片岡の陰へと隠れてしまった七星だったが
すぐに何かに気付いたかのように顔を上げた
「……お天道様の、匂い?」
その相手から感じる懐かしい匂いに七星が相手を見やれば
相手はフッと表情を和らげ、七星に視線を合わせてやる様に膝を折る
「……同族に会ったのなんて、何十年ぶりだろうね」
独り言に呟き、相手は七星の髪を梳き始めた
同族
相手が何気なく呟いたのだろうソレを、片岡は聞き逃す事はしなかった
つまりはこの女性も、七星と同じ天道虫なのだと
「同じだなんて、私はそんな大層なもんじゃないよ」
照れる様に笑みを浮かべると
相手は外だという事も構う事無く、何故か着物を肌蹴させ始めた
顕わになっていく素肌

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