《MUMEI》
崩壊
もう残り10分を切った頃、私のプリントは大分完成していた。空欄は2つしかないから、提出しても文句はないだろう。どうしても分からない2問については、あとで配られるはずの模範解答を頼ろうと私は達成感に息を吐き出した。

周りを見渡すと、もう諦めきっているような人もいれば、時間に余裕がなくて焦っている人や熱心に先生に質問している人もいて。

私も質問してみようかなと考えながらも、教室で先生に声をかけることは何となく憚られた。結局、行動しないまま先生を一瞬だけ見つめてすぐに視線を逸らす。

そんな私に気が付いたのか、それともただ単にタイミングが良かった(私にとっては悪いばかりだが)だけなのか、少し離れた所から「ねえ、理緒!」と亜梨沙に呼ばれた。突然のことに私だけではなく周りも驚く中で、「何?」と何の感情も込めずに返事する。

「理緒は、浅倉先生に質問とかないの?」

「別にないけど」

「へえー。じゃあ、私が質問しようかな。先生ー!」

何故そんなことを訊くのだろうと、眉間に皺を寄せている私を嫌な笑みで一瞥すると亜梨沙は挙手した。美知や岬、芽衣はクスクスと忍び笑いをしていて。

何かが可笑しいと感じたのは先生も同じだったらしい。警戒しているのか「どうしたー?」と言うものの今、教えている生徒の傍から2、3歩進んだだけだった。そんな先生にも構わずに亜梨沙は「質問があるんですけどー」と教室中に響き渡る声で高らかに言った。

「先生と理緒って、いっつも屋上で2人きりで会って何してるんですか?」

「なっ、」

何か仕掛けてくるとは思ったが、それを指摘されるなんて微塵も考えていなくて。驚きのあまり意味のない音だけが唇から零れる。ザワッと教室の空気が揺れたのを肌で感じた。

「何?」「どういうこと?」と事情を知らない同級生達は騒めき出し、美知達は作戦通りだったのか更に唇を吊り上げる。先生は虚を突かれたような顔をしたが、すぐにいつもの締まりのない顔に戻ると口を開いた。

「たまたま居合わせただけだろ」

「そんなことないでしょう? いつだっけ、先生、スーツ着てた時なんかは結構くっ付いちゃったりして、凄く親密そうでしたよ? あれが私が2人を見た最初の時ですけど」

――ガラリ。何かが崩壊する音が耳の奥で聞こえてくる。

「どこをどう見てたのか知らないけど、それも偶然」

「ふーん。じゃあ、何か渡してたのも偶然なんですか?」

「お前等も菓子作ったーとか言って、先生達に渡すことあるだろ。それと同じ。差し入れ的な感覚だよ」

「そのわりには理緒、大事そうに持って帰ってたなぁ。中身がなんだったのかは知りませんけど」

――バキッ。耳の奥で何かが砕ける音がする。

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