《MUMEI》
粉砕
全部見られていたんだと苦々しい思いでいっぱいになっている私とは違い、先生はのらりくらりと適当に躱している。それでも亜梨沙は高飛車な振る舞いをやめようとはせずに、ジワリジワリと先生を追い詰めていく。

「それに最近、理緒、よく私達の誘い断るなーと思ってたけど、先生と会ってたんですね。理緒の外せない大切な用事ってこれだったのかなぁー。……なんてね」

「それは中原に訊かないと分かんないだろ。決め付けるのはどうかと思うし」

「ほら、そうやって理緒のこと庇うでしょ?」

一瞬。本当に一瞬だけど、先生は困ったような顔をしたんだ。

……どうして私は、先生に迷惑をかけているのだろう。先生は、私と亜梨沙達との因縁に巻き込まれただけなのに。そう思うと情けないし申し訳ないし、何より先生を困らせたくなくて、私は口を挟んだ。

「先生が私を庇うのは、私があんた等にハブられたって言ったからだよ。可哀想な生徒に先生は同情してるだけ」

感情的になったら、亜梨沙に付け込まれてしまう。だから、どこまでも冷淡な私でいようと神経を尖らせる。シンッと静まり返った教室内で私の声は不気味なほどよく響いた。震える両手を指が白くなるくらい握り締めるも、脚の震えまでは隠せなくて。それがバレないようにシニカルな表情を作って、必死に虚勢を張った。

「それに、何? 何を言って欲しいの? どんな答えを期待してるの? ……実は付き合ってるんだ私達、とでも言えば満足するの? 馬鹿じゃない? 浅倉先生がかなりのリスク犯して生徒なんかと付き合うと思ってるの? 下手すりゃクビになるのに。――有り得ない」

ハッと鼻で笑ってやる。反撃の言葉も思い付かなかったのか、亜梨沙はそこで初めて黙り込んだ。悔しさからか美知達も顔を歪めていて。

湧き上がる好奇心で亜梨沙や先生の陰で好き勝手に囁いていた輩も、「だよねー」だとか「流石にそれはね……」だとか、萎んでいく風船のように勢いがなくなった。

「――ほら、な。俺だってクビになるのは御免だし。普通に考えて有り得ないだろ」

仕切り直すように淡々とそう並べた先生の目には何の色も浮かんではおらず、ゾッとするほど無表情だった。いつも柔和な先生の初めて見るその表情に息が止まった気がした。

「そろそろ終わりだから、適当に集めて職員室の横田先生の机に置いとけよ」

最後に、教師の顔を張り付けて指示すると、先生はこちらを見ることなく出ていってしまった。続いて鳴り響くチャイムの音に一気に現実に変える。「先生、怒ったんじゃないかな」とどこかで不安そうな声がした。

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