《MUMEI》

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『下手すりゃクビになるのに。――有り得ない』

『時に有り得ないことも起こりうるのが人生ってもんだろ』

『何、悟ったみたいな言い方してるんですか。年寄臭い』

『そりゃ、中原より10年先に生きてるからな。ほら、年長者は敬いなさい?』

『先生のどこに尊敬する点があるって言うんですか』

『酷ッ! そこまで言うか、俺、今めげそうになったよ』

『私は止めませんから、勝手にどうぞ』

――もしもあの時、2人きりだったら、これくらいの会話にはなっていたんじゃないかな。



***

「……ッ!」

ポツリポツリと身体を濡らす感触にブルッと震える。そうして、意識をだんだんと浮上させた私は、次の瞬間にはバッと顔を上げた。キョロキョロと辺りを見回すと私が最後に見た景色と変わらぬものがそこには広がっていた。まだぼんやりと靄のかかる頭で記憶を辿っていくと、確かな記憶は5時間目か6時間目かで途切れていた。

昼休み終了のチャイムを聞いても、私はどうしてもこの場から動くことが出来なかった。教室に戻るのも気後れするし、何よりもまだここにいたかった。先生が姿を現さないのは百も、千も、承知していたが、もう少しだけ、もう少しだけと悪足掻きしている自分がいて。

そうして午後の授業をサボッているうちに、どうやら睡魔に襲われたらしい。膝を抱えながら私はコクリコクリと舟を漕いでいたようだ。

意識が現実へ帰ってきたのは、ずっとぐずっていた空がとうとう泣き出したからだ。寝起きということもあってか、身体は異常に冷えていた。それでも頭はフワフワとまだ夢心地で、一致しない感覚が気持ち悪い。何か夢を見ていたような気もするが、内容はよく覚えていなくて。幸せなはずなのに、泣きたくなるような夢だった気がする。

『雨宿り出来てるから良いじゃん』――そう言って、先生が笑ったのは実はそう昔の話でない。わりと最近の出来事だったのに、蘇る先生の声や姿はずっとずっと遠かった。

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