《MUMEI》

上半身はジャージに着替えたので、続いてスカートのホックを外す。スカートも水気を充分に含んでいたが、生地が厚かったためかこちらも下着まで被害は及んでいなかった。

「浅倉先生と会ったのはそういう頃だったんだ。最初は本当に偶然、鉢合わせただけだった」

『何がそんなにしんどいの、お嬢さん』――浅倉先生の声を初めて間近で聞いた瞬間だった。目を閉じれば、瞼の裏に鮮明に蘇る。今まで屋上で過ごした日々が、先生との思い出が、零れ落ちそうなほど溢れてくる。

「何、この人って思ったよ。全然教師らしくないし……屋上は私の秘密の場所だったのに最悪って。向こうは最初から飄々として、私なんか気にも留めないって感じだったけど」

これで帰るのも恥ずかしいな、なんて思いながら、それ以外になす術もなく青いジャージを穿き、最後に靴下も履き替えた。それから、黒いビニールのゴミ袋に脱いだセーラー服やスカート、スカーフ、さっき脱いだハイソックスを適当に放り込む。これしか袋が見当たらなかったのだから仕方がない。

教室に鞄を取りに行かなければならないか、と考えながらも私の口からは次々と言葉が出てきた。深い話をするくらいエミリと仲が良い訳ではないが、止まらなかった。彼女はそんな私を無下にすることもなく、時折真剣な声で相槌を打っていた。きっと、そんなエミリだから私は聞いて欲しかったんだ。

「先生って可笑しいの。やたらキツい煙草吸ったり、コーヒーはブラックだったり、平然と強烈なガム食べてたりする癖に、言動が子供じみてたりするし。それも本気なのか冗談なのかよく分かんないし、そう、あの服のセンスも本気だったら痛々しい……ってそれはどうでも良いけど。他人(ひと)のことはよく見てるのに、本人は掴みどころがないから振り回されてる気もしてたけど、」

それでも。

それでも、先生と居る時が1番楽しかったんだ。

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