《MUMEI》
友達
「利用……?」と、私が言った言葉を独り言のように復唱すると、意外にもエミリは笑った。粗方涙は止まったらしいが、睫毛に付いた雫が彼女の瞬きと共に零れ落ちる。

長靴を履き、学校指定と思われる黄色い傘を差した小学生2人がバシャバシャと水溜まりをものともせずに駆けていく。そんな2人が通り過ぎてから、エミリは口を開いた。

「私は、誰彼構わずに泣いたりなんかしないよ? それに、中原さんが私を利用するとは思えないし」

「そんなこと、分からないじゃん」

「そうかな? 私は中原さんは、優しいと思うけどな」

「私の何を見て言ってるのよ。あんた、綺麗事とか信じ込むタイプでしょ」

「それも違う。ほら、私、片親だから世間の厳しさはそれなりに知ってるし」

刺々しく牽制したにも関わらず、エミリは少しも動じなかった。じゃあ、どうして、とピタリと歩みを止める。すると、次の一歩を踏み出そうとしていた彼女も足を止めて私を見上げた。傘に遮られてエミリの顔には影が差していたが、至近距離のためか表情ははっきりと分かった。彼女は、疾しいことなんか何もない、そんな目をしていた。

「中原さんが好きだからだよ」

「なっ、」

「私、中原さんと友達になりたいの」

「……あんた、恥ずかしくない?」

「へ?」

取り繕う風でもなく、平然とエミリは打ち明けた。赤裸々にぶつけられる言葉は、聞いているこちらが羞恥を感じてしまうほど純粋なもので。キョトンとしている彼女に、いよいよどうして良いか分からなくなった私は足早に歩き出した。

先ほどすれ違った小学生のように水溜まりを避けようともせずに進む。裾に泥が跳ねようと、構わなかった。「待ってよ!」と慌ててエミリが追いかけてくる。

「あんた、変」

「そう、かな?」

「友達になりたいなんて、面と向かって言われるとは思わなかった」

「それは、中原さんと仲良くなりたいなぁって、ずっと思ってたから……なりふり構わっずって感じになって…」

「理緒」

「え?」

「理緒、で良いから」

フイッと顔を背けながらも、しっかりとエミリを傘に入れてやる。ポカンと間抜け面を晒していたエミリだが、意味を理解したのか、すぐに顔一杯に満面の笑みを浮かべた。

先生、先生。

友達が出来たよ。ありのままの自分を受け入れてくれる人がいたよ。先生は、私に勇気もくれていたんだね。

いくら心の中で叫んだって、届くはずもなくて。私は少し泣きそうになってしまった。

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