《MUMEI》

 「夜が来たぞ!」
その掛け声を合図に、また騒動が始まった
鳴り始めるお囃子に、薄闇を彩る提灯の灯り
騒ぐ群衆を横目に、播磨は表通りを唯歩く
「夜さ来い、よさこい、ね」
皆がそろって口にするソレを呟いて見ながら歩みを進めれば
途中、ヒトが群れを成している処に出くわした
また、何があるのだろうか
不意に過る嫌な予感に、群衆をかき分けてみれば、ソコに
また死体が転がっていた
「可哀想に。まだ子供じゃないか」
「酷い事をする」
ざわめく群衆のそんな呟きを聞きながら、播磨はふと前を見据える
その視線の先に、播磨は見覚えのある人物の姿を見つけた
「播磨様。こんばんわ」
穏やかな笑みを播磨へと向けてくるその人物は以前
日和に付き従っていたまさにその人物で
此処で何をしているのかと睨み付けてやれば
「……別に。唯、夜を見に来ただけ」
「はぁ?」
相手が何を言っているのか今一解らず、播磨は怪訝な顔
だがその播磨に構う事も無く、相手は淡々と言の葉を紡いでいく
「嘆く必要なんてない。その子は夜に染まり、その黒の中に生きる」
言いながら相手は播磨の横を通り過ぎ
死体の傍ら、その子供の母親だろうか、泣き崩れる女性の方へと歩み寄る
「日和様がちゃんと愛してくれるから」
だから安心しろ、と相手は母親へと笑んで見せ
その母親の腕の中にいた子供の死体を奪う様に抱え上げた
何処へ連れて逝くのかとの母親へ
「……日和様の、処。この子はもう、夜の一部だから」
それたけ呟くと相手はそのまま姿を消した
暫く静けさばかりがその場に残されたが
何故、どうしと嘆くその声に皆が一斉に動き始める
播磨も暫くその様を何が出来るでもなく眺める事しか出来なかったが
ヒトの流れに乗り、その場を離れた
「……行って、みるか」
歩き出しながら播磨は呟き、踵を返す
向かった先は花街・遊郭
日和に会ってみようと進む脚を早める
昼間とは全く違った顔を見せる街、そしてヒト
その豹変ぶりに顔を顰めながらその門をくぐり
日和の居る場所へと向かう
その道中、至る所からかけられる声
皆夜に中てられ欲望ばかりをさらけ出していた
「ヒトは欲があるから生きていけるんじゃないのかい?」
その様にまた顔を顰めてしまえば、脇道から不意に掛けられる声
そちらへと向き直ってみれば、どうやら遊女らしい女が播磨へと手を振って見せる
「つまらなそうな顔したお兄さんだね。もっと景気のいい顔できないのかい?」
「実際、なんも面白くないやん」
「そうお言いでないよ。そうだ。少し、私に付き合っとくれよ」
損はさせないから、とその女は播磨の腕を引く
この女は一体何なのか
怪訝な顔を隠す事もせず、自分は行く処があるのだがと返した
「今、あの花魁のお嬢ちゃんの処に行っても無駄だよ」
何故に向かおうとしていた場所が解ったのか
つい相手を見やってしまえば、相手はフッと肩を揺らし歩き出す
播磨は仕方なくされるがまま、連れて逝かれた先は
唯月明りばかりがソコに在る野原
「……あんたは、夜をどう思う?」
相手が月を仰ぎ見ながら徐に問う
どうもこうも、夜は当然にくるもので
ソレに何を想う事もない
思う事をそのまま伝えてやれば、相手は苦笑を浮かべながら
「ま、正論って言えばそうだけど」
面白みに欠ける、と毒づかれた
そもそもこの状況下に措いて面白みを求める事自体間違っているだろう、と
心中で播磨も毒づいてやるが敢えて口には出さない
「……あんたなら、大丈夫かもね」
「は?」
徐に相手が呟いた一言
一体何の事かと怪訝な顔をして向けてしまえば
「これ」
答える事はせず、その代わりに相手は何かを投げて寄越してきた
受け取ってみたソレは。、一本の簪
これをどうしろというのか
更に相手へと怪訝な顔を向けてやれば
「それ、あの花魁のお嬢ちゃんが落としていったんだよ。近くを通ったら返しといておくれよ」
頼んだよ、と相手は後ろ手に手を振り、その場を後に
相手の背を暫く見やり、播磨も歩き出す
何気なくその簪を手の上で転がしていたが
それに播磨は何となく見覚えがあった
「……この簪」
その簪は嘗て播磨が日和にと贈ったもので

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