《MUMEI》
宝石箱
ママはママ語を話している。
ママの国の言葉、パパの国の言葉、そして英語を混ぜて、ママ語をしゃべる。
パパはママの国の言葉を理解する気がない。ママはよくママの国の言葉だけでパパに話しかけて、それからママ語でパパに言い直している。
私が大きくなるまで、パパとママは通じていないことが山ほどあったはずだ。
パパは「言葉は大事だよ。ママが理解してなかったら、書いてあげればいい。それでも判らなければ、ママの国の言葉を通訳できる人を連れてくればいい。でもね、言葉が通じないからこそ、心は深く通じているんだ。パパとママは何年も会わなかった時期があるよ。パパはママに言ったんだ、一緒に居てくれたらそれだけでいいって。ママはパパの事は箱に仕舞って大事にしておくって言ったんだ。パパはママを、パパの宝石箱に入れちゃった」と言って、私に頬擦りした。
「ママを箱に入れちゃったの?」と聞いたら「そうだよ、ルールーのこの家にママを連れてきたんだ。この家は、パパの宝石箱なんだ。ママとルールーの二つの宝石が入っているんだ。」とパパは答えた。
「おっきな宝石箱だねえ」と私は笑った。そして「ママがパパのことをしまっておく箱はどんな箱だったんだろうね」と言ったら「それはアブドの缶だよ」とパパがまじめくさった顔で言った。私は驚いた。「アブドって、お菓子屋さんのアブド?アブドの青い缶?」アブドはパパの国で一番人気があるお菓子屋さんだけど、それがママの宝石箱?大事なパパの思い出をしまっておく箱なの?
「パパがラマダーンの時にママに贈ったプレゼントの缶だよ。ママはそこに、パパからの手紙をしまっていたんだ。パパはママにプレゼントをしたことがなかったから、ママは大事にしていたんだよ」と言ったので、またびっくりした。パパは私に「ママに花を買ってきて」と私に頼むからだ。パパはいつもママにプレゼントしていると思っていた。「パパがママに結婚前にあげたのは、この缶とあそこに飾ってあるホルスの置物だけだよ。パパはシャイなんだ。ママが大好きなものをちゃんとわかっているよ。でも照れくさいんだ。ルールーが代わりに買ってくれるようになったから、パパはママにプレゼントできるようになったんだ。ママはずっと花をほしがっていたよ。でも、パパは一度も買ってあげなかった」と、ちょっと威張って言うパパにまたまたびっくりした。
ママがトカゲになるのは、パパのせいかもしれないとなんとなく思った。

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