《MUMEI》

「お前は?秋刀魚だけでいいのか?」
他に選ぼうとしない七星へ片岡が尋ねる事をしてやれば
七星はいいのだと頷く
相も変わらず控えめな奴だと片岡は肩を揺らし
近く置いてあった甘夏の籠を取った
「お前は、これが好きだったな」
仄かに香る甘夏の甘酸っぱいソレ
片岡も嫌いではなく、もう一籠手に取ると合わせて包んで貰う
「今それは美味しいよ。陽の光をいっぱい浴びてるからね」
食べてごらんと試食用のソレを一房渡され
七星は戸惑い片岡の方を見やる
食べてみろと片岡も促してやり漸く一口
「美味しい」
口の中に広がる甘さと、程よい酸味
余程美味しかったのか、七星の表情が珍しいくらいに綻んだ
こんな顔をみせてくれるのは本当に珍しい
「……主。私、お天道様に会いに行く」
徐に七星が呟くことをする
行き成りどうしたのかを訪ねてやれば
「陽の光は決して人に害をなすものじゃないんだって」
その実感が欲しいのだと七星は踵を返す
片岡が止める間もなく七星の姿は人混みの中に消えた
その後を咄嗟に追い掛ける片岡
七星の小柄な身体を何とか視界の隅に捉えながらそのまま追い掛けて行けば
町外れの葦が生い茂る広い場所に出た
見覚えのない場所、此処にお天道様が居るのだろうか?
強い日差しに目の奥に感じる痛みを堪えながら辺りを窺ってみれば
僅かに遠くのその場所に佇む一つの影を見つけた
「お天道様……?」
七星の呟いたソレに片岡が更に見る事をすれば
眩しい程の陽光を背負い、ソコに誰かが立っているのがしれた
あれが、お天道様
一体、どんな人物なのだろうと訝しんでいると
「……」
七星の脚がピタリと止まる
それ以上何も出来ず、言わず唯立ち尽くす七星
暫く互いに無言で対峙していると
「……何故、天道虫がこんな所に居るの?」
お天道様がか細く声を上げる
感情薄なその声に身体まで小刻みにに震わせ始めてしまった七星
その様に、大丈夫なのかと片岡は七星の肩を抱く
「……主、駄目。主はヒト、だから。殺される!」
すっかり血の気の引いてしまった顔で七星は片岡から離れ
唯一人で一歩一歩距離を縮めていった
「……ヒトは、怖いでしょう?己が身の保身ばかりを考え他には目も暮れない。嫌な生き物」
そうでしょう、と笑むお天道様
七星は俯いてしまいながらも脚は止めず
そのまま歩きお天道様様の前へ
「……ヒトは、怖い。でも、主は、違う」
「何故、そう言い切れるの?その男も所詮ヒトなのに」
嘲る様に笑みを浮かべるお天道様
刺すような視線を向けられ、七星は二、三歩たじろいでしまい、だがすぐにお天道様を見据える事をすると
先に買ったばかりの甘夏を一つ出して向けていた
「……これは、何?」
その意図が解らず、首を傾げるお天道様
七星は何を答えてやる事もせず、甘夏を剥くことを始め
一房千切って取ると、お天道様へ食べてみてと差し出した
「……美味しい、から」
更にソレを差し出してやれば、お天道様は怪訝な表情を僅かに浮かべ
だがソレを手に取ると口に含む
暫く口に含んだままのお天道様を七星は無言で見やっていた
「美味しいでしょ?」
七星の意図するところは定かではないが、お天道様へと顔を覗き込み
見上げ、その問いに対しての返答を待つ
「……おいしいわね。とても」
手に着いた仕舞った果汁をなめとりながらのソレに七星の顔が明るみ
表情を綻ばせた、その直後
それまで穏やかだったお天道様の面の皮から、一切の笑みが消えて失せた
「お天道の陽を浴びて甘く熟した果実。本当においしいわ」
「お天道様?」
「よく、覚えておきなさい。私の可愛い天道虫」
お天道様の手が七星へと伸び
まるで慈しむかの様に何度も、七星の髪を梳き始める
「所詮人は、陽の元でなければ生きられないという事を」
それだけを七星へと告げると、お天道様は身を翻す
七星は何を返す事も出来ず
唯去っていくその後ろ姿を眺めているしか出来ない
「……どうして、みんな分かってくれないの?」
暫くそのまま立ち尽くしていた七星そ内に肩が揺れ始め、涙が頬を伝っていく
「……七星」
伝わらなかった事が悔しかったのか、伝えられなかった事がもどかしいのか

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