《MUMEI》

あの日、遂に梅雨入りが宣言されたらしい。例年よりも遅い梅雨入りだったようで、それを取り戻す勢いで毎日毎日、雨は降り注いでいた。

雨の日も嫌いではなかったが、いつもいつも雨だと流石に憂鬱になる。でも、それも私にとって都合が良かった。来るか来ないか、ドキドキしながら、屋上へ行くことがないからだ。

もう先生が出向くことはないだろうな、と思いながらも僅かな可能性に期待してしまう自分を知らなくて済む。それでも、亜梨沙達が私を放っておくはずがなかった。

「あーあ、今日も雨かぁ。誰かさんは、先生と会えなくて残念だよねぇー」

「大好きな先生と2人きりの時間が潰れてるもんねー」

「ていうか、先生取り込むなんて、誰かさんも充分に魔性の女だったわけだ」

キャハハと耳障りな高笑いが聞こえる。あの一件に懲りたわけではなかったらしい。わざわざ大きな声で、教室中に言い触らすのだ。私が反論しても、しらばっくれられるように"誰かさん"なんて表現して。

亜梨沙達は策士だが、私も易々と彼女等の手立てに乗る気はない。そもそも反発なんかしたら、"誰かさん"は自分だと認めることになる。だから、何一つ聞こえていない風を装い、ただ無視して過ごしていた。それはそれで気に入らないのか、

「先生、可ッ哀想ー。冷血女の所為で色々と大変そうなのに」

などと、いい加減に囃し立てる。亜梨沙達からすれば、真実は何だって良くて。ただ、私をヘコませてやりたいだけなのだ。だから、彼女等について思うことは、本当に冷血な奴みたいで忍びないが何もない。

周囲の人間は亜梨沙達ほど露骨ではないが、陰でヒソヒソと噂している。陰でと言いつつ私にも筒抜けなので、全く意味はないのだが。

「気にすることないよ」

またか、と変わらない現状に溜息を零す。そんな私の心情を察したのか、エミリは声をかけてきた。大丈夫だと頷いて伝える。

亜梨沙達が私を陥れたいがために適当なことを言い、それを周りが鵜呑みにする。私が溜息をつけば、気にするな、とエミリの慰めの言葉が入る。そのパターンが、ここ数日で定着しつつあった。

しかし、噂というのは厄介で肯定しようが否定しようが、どんどん膨らんでいく。私と浅倉先生が2人きりで会っていた、という事実は捻じ曲がりながら、人から人へ伝わっていった。何でも私は、先生を誑かしたとんでもない女らしい。

それでもまだ、先生は被害者で悪いのは私のようだから、良いかと放置した結果、噂は校内に広まってしまった。誰かも分からない先輩や同級生からも後ろ指される始末だ。浅倉先生って、人気者なんだなと私に向けられる視線や陰口で改めて思い知った。

そして、校内に落ち着きがなくなれば教師が不審がるのも当然の流れで。くだらない噂は教師達の耳に入ることになった。ガラッと乱暴に教室のドアが開き、男子生徒が飛び込んできたのだ。

「おいおい、ヤベェよ! 浅倉先生、教頭に呼び出しくらってんの!」

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