《MUMEI》
騒動
――え? 私の目が見開かれるのと、教室中がザワリと揺らいだのはきっと同時だ。「それって、噂のことか?」と誰かが尋ねれば、男子生徒は「ああ」と何度も頷き、興奮気味に続けた。

「先生、絶対相手の名前言わねぇんだって! 生徒の名前くらい教頭の耳にも入ってるってなぁ!?」

「うっわ、何かマジっぽい」「ゲーッ。どうすんだよ、先生」「校長室だろ? 行ってみるか?」など様々な喧騒が聞こえる。ザワザワと煩いのに、私はそれらをずっと遠くから聞いている気分だった。ドクリドクリと鼓膜に心臓があるみたいに、自分の脈拍だけが異常に近くから聞こえていた。

「ちょっと、行ってみよ! あの鬼ババァが何言うのか気になるし!」

「浅倉先生がどうするのかも興味あるし!」

勝手なこと言うな。言うな。どうして、どうして、皆、先生を巻き込んでいくの。

言いたいことは沢山あるのに、何一つ声にはならない。膝の上で丸めた拳はブルブルと震えているだけで、無力な自分が心底情けない。好奇心旺盛な奴等は次々と教室から出ていく。亜梨沙達も「超怪しいんだけど!」とはしゃぎ、足早に校長室へ向かっていった。

「待って!」

椅子が倒れたことなんか、これっぽっちも気にならなかった。立ち上がり、友達数人と再び教室を出ていこうとしている男子を呼び止める。声をかけられるとは思ってもみなかったらしい。彼はビックリしているが、構わずに単刀直入に尋ねた。

「今の話、マジ……?」

「あ、ああ。『ただの噂なのに、特定の生徒の名前は出せません。その生徒の印象が悪くなりかねないでしょう』って。教頭も教頭で一歩も引かねぇから、バトルになってるぜ」

邪険にすることなく、チラリと掻い摘んで話すと男子は今度こそ本当に行ってしまった。正面に座るエミリは息を呑んでいる。もう、私の目も耳も今のこの状況を把握しようとはしていなかった。頭をグルグルと回るのは、先生のことばかりで。

「そんな……」

先生……? もしかしなくても、庇ってくれてる、よね? そんなこと、しなくて良いのに。万が一、私も呼び出されたって、嘲笑混じりにしらばっくれてやるのに。「何のことですか? 教頭先生はそんなくだらない噂信じてるんですか?」――それくらい、呼吸をするより自然に言ってやる。だから、良いんだよ先生。私のことなんて、その他大勢の生徒として見捨ててしまえば良い。

「理緒ちゃん?」

「大丈夫。校長室には行かないから」

呆然としながらもフラッと足を進めた私を、不思議そうにエミリは呼んだ。皆に便乗する気はないことを示せば、「そっか、」と彼女はそれ以上何も訊かなかった。それどころか、私の心境を正確に読み取ったらしく「私は、校長室見てくるね」と遠慮がちに言ってきた。私は小さく頷くと教室を出て、職員室とは真逆に向かった。

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