《MUMEI》 再会――ガチャリ。ドアノブを回す。糸も簡単に開いたドアにホッとしながら、恐る恐る中を覗く。そこに誰もいないことを確認してから、私は足を踏み入れた。 普段から人の出入りが多いのか、埃っぽいということはない。あまり、というか用事がない限りはまず入ることのない部屋をグルリと見回す。 教室の半分くらいしかない狭い室内は、とにかく物が多かった。教材、問題集、いつ使うのだろうと疑問が湧く巻物、図書館よりも濃い品揃えの沢山の本……。――ここは、国語科準備室だ。 湿度が高いわりに、寒いと感じるのは私の精神的なダメージの所為なのかもしれない。ふと、正面にある窓を見遣るが、外の景色はぼんやりとしか見えない。雨の所為で窓ガラスが曇っているからだ。水滴は次々とガラスを伝い流れていて。この雨はいつか止むのだろうか、梅雨明けなんてするのだろうかと思わず考えてしまう。 窓辺付近に置いてある机に飛び乗る。脚をブラブラ遊ばせながら、再度辺りを見渡す。 目に付いたのは、背表紙に『平家物語』と書いてある本だった。先生を思い出させるそれを口ずさまずにはいられなかった。祇園精舎の鐘の声、と目を閉じながら紡いでいく。 「……花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、唯(ただ)春の夜の夢のごとし」 ザーザーと頻りに降る雨の音をBGMにしながら、ポツリポツリと続きを口にする。 「たけき者も遂にはほろびぬ。偏に風の前の塵に同じ……」 やはりこの世界には、刹那しかないのだろうかとやたら感傷的になっていた時だ。閉めたはずのドアが開いた。 「あー、くそっ……」 ――信じられないことが起きた。いや違う。見当をつけてここを訪れた。でもそれは、藁に縋っているようなもので、本当に叶うとは思っていなかった。私はドアの方を向いたまま固まり、浅倉先生も目を見開き止まっている。雨音が激しさを増す中、私達は見つめ合ったままだった。 「ど、どうした……?」 先に口を開いたのは先生だった。しかし、そこにいつもの明るさはない。動揺を隠せないのか、後ろ手にドアを閉めるどころか鍵さえかけた。私を警戒している訳ではないだろうが、チクリと胸が痛む。 「先生が、ここに来るだろうと思ったので」 「そっか……」 せめて私は、いつもの調子を崩さないようにする。口元に小さな笑みを浮かべると、先生はその場に蹲った。私は、ストンと座っていた机から降りて、ゆっくりと先生に近寄っていく。そして、気配は感じているだろうが、こちらを見ようとしない先生の真正面に、私も同じようにしゃがみ込んだ。 前へ |
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