《MUMEI》

まだ持っていたのかと肩を揺らし
播磨はその簪を袂へと入れる事をしていた
「邪魔してええか?」
その脚で向かったのは花街・遊郭
入り口にて声を張ると、遊女が数人小走りに降りてくる
「これ、花魁様に渡したって。道に落ちてたって」
頼んでそのまま踵を返す播磨
立ち去ろうとした、その直後
「……播磨」
か細い声に引き止められた
日和のソレだと播磨は直ぐに気付き、僅かに首だけを振り向かせる
その手には遊女から受け取ったばかりの簪
日和はソレを髪へと結わえつけると
「……コレ、ありがとう」
はにかむ様な笑みを浮かべて見せた
その瞬間だけ、まるで昔の日和に戻った様だ、と
ソレを見た播磨は僅かに肩を揺らす
「……笑った顔は、昔のまんまやね。安心した」
「播磨……」
そのまま手を振り踵を返す播磨へ
まるで引き止めようとしているのか、日和が播磨の着物の袖を引いた
「何?どしたん?」
尋ねてやれば、日和は何かを言いたげに口を開くが
すぐに噤ぐみ、手を離す
「……もう、帰って」
「は?」
「いいから、帰って!もうここには来ないで!」
突然に癇癪を起した科の様に声を荒げ始めた日和
どうしたのかと肩をp抱いてやれば
見開いた両の目からあのどろりとした黒い何かが流れ始めた
「姫さん、こっち見ィ!」
どろりどろり
段々と広がっていく黒いそれは辺り一面を覆い尽くし
まるで底のない沼の様に全てを飲み込んでいく
「……一体何なん、コレ」
引きずり込まれない様柱を掴み堪える播磨
段々とその黒に呑み込まれていく日和の手を咄嗟に掴み
何とかその身体を引き寄せた
「――!?」
ふと渦巻くその黒を見やってやればその奥
助けを追止める科の様に蠢く大量の手が見えてくる
「……姫さん。アレ、何か聞いてもいいか?」
「何の、事?」
「アレや、アレ。見えてんのやろ」
顎を癪ってやれば日和は僅かに肩を揺らし
「……あれは、(夜)」
とだけ返してくる
こんなおどろおどろしいものが(夜)だというのか
播磨は怪訝な表情を日和へと向けてみるが、日和は気に掛ける様子もない
「播磨も、一緒に」
「は?」
着物の裾を引かれたかと思えば
その黒は更に広がり、そこから現れた無数の手に脚を掴まれた
「……一緒に行く、播磨。更に深い夜、常闇の底へ」
酷く綺麗な笑みを浮かべ、播磨へと手を差し出してくる日和
だが播磨はその手を取る事はせず
「……御免、被るわ」
冷静過ぎる声を返す
僅かに日和の表情に何かを憂う様なそれが混じる
だがすぐに先と同じ様な笑みを浮かべてみせた
「そう」
短い返事の後、陽よりは播磨の腕を強引に振り払う
支えるものを失い、落ちていく日和の身体
「姫さん!!」
咄嗟に伸ばした手
だがその手は裾を和すか掠めただけで掴むことは出来ず
日和の全身がその黒の中へと落ちていく
「……サヨナラ。播磨」
綺麗な笑みはそのまま
だがその頬には一筋の涙が伝う
日和の本心がまるで解らない
どうしたいのか、どうなりたいのか
「……そういうとこ、昔と全く変わってへん」
播磨の知る幼いからあまり思う処を口にする娘ではなかった
何かを言いたげにはするが、口に含むだけで吐き出さない
何故言う事をしないのかと問うてやったことがあって
その時の日和曰く、嫌われたくないからだと
「何やん。もう」
少し位言う事してくれれば、他人の胸の内など知る術はない
ソレを伝える術として、ヒトのみが言葉を操れるというのに
「……なんでそれが出来んのやろ」]
それ故もどかしさに、播磨は憎憎しげに舌を打つ
そうこうしているうちに(夜)はいつの間にかそのなりをいずこへかに潜ませ
播磨は唯々普通の夜の中に立っていた
「……また、助けてやれんかった」
日和の手を掴み損ねた自身の手を見、独り言に呟く
結局自分は何を守る事も出来てはいないのだ、と
「……お母さん、何処?」
取り敢えず帰路に着こうと身を翻した播磨
その道中、一人の子供が辺りばかりを見ながら歩いている
「そんな周りばっか見てると転ぶで」
言うや否やつまずいてしまったその子供を受け止めてやり、目線を合わせてやるために片膝を付く
気を付けろ、と笑みを浮かべ頭をなでてやれば
その内に、子供の頬を何故か涙が伝い始めた

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