《MUMEI》

片岡の袖のすそを掴み、顔を覆ってしまった
「……主、ごめんなさい。袖、いっぱい濡れた」
「いい」
「明日、お洗濯、するから」
「鼻水じゃねぇんだ。別にいい」
帰るぞ、と七星の手を引き、片岡はその場から歩き出す
「……お前、儂の事が恐ろしいか?」
暫く無言で歩いた後、片岡は不意に脚を止める
片岡からの突然のソレに七星はハッと顔を上げた
自分も人だ、との片岡へ
七星は何度も首を横へと振って見せた
「……主は、違う。ヒトだけど、違うから」
「……そうか」
一体、何が違うというのだろう
それが気に掛った片岡だったが、敢えて問うてやる事はしなかった
問うてしまえば七星を追いつめてしまう様な気がして
どうしても聞く気にはなれなかったのだ
「……帰るか」
改めて歩きだし、帰路を進む
すっかり日も暮れ、辺りは薄闇
川沿いの道へと差し掛かると、ソコに仄かな光が見え隠れし始めた
「……主、アレ、何?光ってる」
その光が気に掛ったらしい七星が指を差せば
指先に、その光が触れる
見ればそれは蛍で
その一匹を皮切りに、次々と飛び始める
「綺麗。すごく」
初めて見るのか、七星はその光をまじまじと眺め見る
瞬きすらする事を忘れている七星へ
片岡は僅かに肩を揺らすと、七星の手を引いたまま河原へと降りた
近づけば更に増える光たち
暫く眺めていこうと、片岡はその場へと腰を下ろす
「皆、自分で光ってるんだね。すごい」
七星もまた片岡の隣へと腰を降ろせば、視線が水面に近くなり
蛍の光を反射させ、辺りを更に照らしていく
ヒトのてが加わらない、本当に自然そのものの灯り
その仄かな灯りに照らされた七星の横顔は穏やかで
片岡も表情を緩ませ、七星の頭を掻く様に撫でる
「……お前も、この光の中を飛びたいか?」
陽の元ではなく、この柔らかな灯りたちの中を
つい問う事をしてやれば、七星は弾かれたように片岡の方を見やる
「……私は、天道虫だから」
飛ぶのならば陽の下を
蛍を眺めながら、七星は穏やかに笑んで見せた
「主、帰ろう」
暫くそのまま蛍を眺め、七星が片岡の手を引いた
片岡の手を引いたまま、小走りに先を行く七星
その七星に引かれるまま帰路を進んでいた片岡だったが
道中、ふとその脚を止めた
「そんな怖い顔をしなくてもいいでしょう」
片岡が見据えた先、ソコに居たのは六星
また何うをしに来たのかと片岡が睨み付けてやれば
六星はわざとらしくやれやれと肩を落として見せる
「……お天道様に、会ったんですか?」
それまで穏やかだった六星の表情が途端に険しいソレに変わる
だから何なのかを返してやれば
「いけない。あなた方の様な存在があの方に会うなんて」
その随分な物言いに、だが片岡は何を返す事もしない
唯無言で六星を見やるばかりだ
「あなたの目は、一体何を見ているのですか?その光を拒絶する、惨めな目で」
「さてな」
「あなたに、陽の光など必要ないんです。いっそその眼、抉り出して差し上げましょうか」
「いらん」
即答してやれば六星は肩を揺らし
だがそれ以上何を言う事も無く片岡へと一瞥をくれてやると身を翻す
「……どうせ人など、近いうちに皆居なくなるんですから」
嫌な笑みを片岡へと浮かべて見せ、六星はその場を後に
同時に歩き出す片岡
七星の手を取り、ゆるり帰路を進む
「……私と主は、一緒に居られてるのに」
どうして共存する事が難しいのだろう
歩きながら七星が呟く声
ソレに返してやる答えは今の片岡には見出せず
唯一言、そうだなを返してやるしか出来ない
何て情けないのだろうと自信を嘲ってしまいながら
片岡は帰路を進むその脚を更に速めたのだった……

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