《MUMEI》 障子を開けると、中では親戚達がすでに晩酌の席についている。 「あら、お久し振り」 「何だ、遅かったじゃないか信雄」 真っ先に声をかけてきたのは、ここの家主でもある長男夫婦だ。 「うん、道が混んでいてね」 「どうかね?想君は元気にしていたかな?」 大人から改まって聞かれて少し緊張した想は、 「は、はい。元気にやっておりました」 以前に見た昔の映画の中の、第2次大戦中の日本兵になった気分で、かしこまって答える。 長男夫婦はどこにでもいそうな、平凡な感じの人達だったが、想にとってはイトコにあたる、この長男夫婦の子供達が少しくせ者であった。 二人の兄妹は想の姿を見た瞬間から、ニタリと意味深(いみしん)な笑いを満面に浮かべている。 中二の悠一(ゆういち)が、整髪剤でピッチリ固めた七三の髪を右手で撫で付けながら、 「いらっしゃ〜〜い」 本人では相当気に入っているらしい、桂三枝の物真似で挨拶してきた。 古っ! その隣の妹の花菜(かな)は想よりひとつ年上の小6で、何故か両手で髪の毛をかきあげながら想に向かってウィンクを飛ばし、 「うふ〜ん。セクシービーム発射」 と言った。 これには(げっ!)となったが、なめられたくなかったので、想はこの奇天烈(きてれつ)な兄妹に対して、 「けけ!」とニヒルな笑みで応じてやる。 子供達の応酬(おうしゅう)をよそに、 大人達は大人達同士で挨拶を交わしあっている。 「どうも...」 言葉少なに想の母、智世(ちせ)に頭を下げているのは、想にとっては叔父にあたる次男の健作(けんさく)だ。 民俗学の研究をしていて、たまに大学で講義する事もあるらしい、と父がしゃべっているのを、想は聞いた事がある。 ちなみに想の父は一族の中では三男にあたる。 その健作と奥さんに挟まれるようにして座っている子供は、想の同年代で民生(たみお)とゆう。 民生はゲームに夢中で下を向いたまま、 想の方を見もしない。 そして先程から、畳敷きの部屋にはふさわしからぬメロディ『ホテルカリフォルニア』を、アコースティックギターでかき鳴らし続けているのが、一族の末弟、 左内(さない)である。 想の父とはかなり歳の離れているこの末弟はまだ大学生で、『人間臨終図鑑』とゆうバンドでギターボーカルをやっている。 左内は70年代のフォークシンガーを彷彿(ほうふつ)させる、むさ苦しい長髪髭面(ひげづら)を想の両親に向けると、「ちょりーす!」と言い、想には 「よ!」と軽く右手を上げた。 はっきり言って、この大学生の叔父の話をする時は、父はいつも苦虫を噛み潰したような顔になる。 「あいつはろくなもんじゃない」とか「一族の面汚し」だとか。 でも想は、どこか飄々(ひょうひょう)として自由人的な感じの左内の事が 決して嫌いでは無かった。 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |