《MUMEI》
Third Lesson-髪梳き
 あれから夕食を終えて、学校の課題をすませている間に数時間が経っていた。
 フローラはアイネから受け継いだハニーブロンドの髪の手入れが欠かせない。いつも侍女の1人が長い髪を梳きに来てくれる。しかし今日は誰も来ない。
(眠くなってきたなぁ…)
「もぅ寝よっと…」
 フローラはベッドに寝転がった。フカフカの布団はよく陽を浴びたのか、ぽかぽかしててとても気持ちがいい。
 しばらくして睡魔が夢の世界へとフローラを誘う。それについていき、夢への扉を開けて―――。
 ―――コンコン。
「ひゃっ!?」
 扉を開けかけたフローラを軽やかなノック音が現実へと引っ張り戻す。睡魔はつまらなさそうに闇に溶けていった。
(誰か来た!)
 フローラは飛び起きて、一直線にドアへ向かう。そしてドアを勢いよく開け放った。
 ―ゴツッ………。
 ドアが何かにあたって鈍い音をたてた。
「…痛い」
「れ、レオンさん!?」
 レオンは額をおさえている。さっき開け放った時、ドアが直撃したからだろう、彼は涙目になっていた。
「夜遅くにすまない。今いいか?」
「えぇ、どうしたの?」
「レオナルド様に“フローラが寝る前に髪を梳いて綺麗にしてやってくれ”と言われたんだ。それで来た」
(それで今日は侍女が来なかったのね…)
 昨日まではチャーミング家に仕える侍女の1人が、毎晩就寝前にフローラの髪の手入れをしに来ていた。しかしレオンが来たのは、それも彼女の執事となった彼の役目となったからだろう。
「いいかな?」
「ぁ…はい…」
 フローラはレオナルドと侍医以外の男性には気を許していない。しかしこれが執事の勤めだというのなら、レオンを拒否することは許されない。
「仕方とか…全部教えてもらったの?」
 フローラは念の為、然り気なくレオンに訊いた。
「全部教えてもらった。早く椅子に座って?明日も学校の授業があるだろう?」
 フローラはレオンに言われて、ドレッサーの椅子に座った。直後、彼はすぐそこにある目の粗い柔らかなブラシを取った。
「始めていいかな?」
「ぉ願いします…」
 フローラの髪はアイネと侍女にしか触れられたことがない。異性に触れられるのはこれがはじめてだった。そのせいか、フローラはかなり緊張している。
(なんか恥ずかしいよぅ…!)
 頭に血がのぼって顔が熱くなる。それを隠そうと俯いた。
 レオンはそんなフローラを気にせず、彼女の髪をブラシでやさしく梳いていく。ブラシでだいたい絡まりが解けたら、目の細かい櫛に持ち替え、またやさしく梳いていく。
(早く終わって…!)
 緊張のあまりか、異性に対する耐性が無いからか、息が荒くなり肩で息をしてしまう。
「どうしたの?そんなに息を荒くして」
「何でもないです!」
(本当にこんなの、なんともないんだから…!)
 幼い頃から度々誘拐されてきたせいか、初対面の男性でも警戒心が生まれてしまう。なんとかして警戒心を消したい。
 けれど、過去がそれの邪魔をする。今までフローラに関わってきた異性の目的が誘拐だったり、身体を求めるためだったからだ。
(早く終わらせてぇ………っ!!!)

 ―――ッ…。
 ビクッ!!!

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