《MUMEI》

「ささ、いつまでもそんな所につっ立っとらんと、はよ、こっちに来て座りンしゃい!」
せっかちそうに言う祖母の手招きで、想の家族は次男家族と末弟の間の、空いてるスペースに歩を進める。
長男家族と祖父母の座の真向かいだ。
自分達の席に向かう途中で、何となく
部屋内に視線を巡らせた想は、
(おや?)と思った。
今親族が集まる十畳はあろうかとゆう部屋は、隣の部屋に続く襖が明け放たれていたので、まるまる二十畳分のスペースが解放され、随分広々として見えたが、明かりが灯されているのはこちらの部屋だけであった。
薄暗い隣の部屋の奥...昔から和室に場違いだなと想は思っているが、四人は並んで腰かけられそうな黒い革のソファーが置かれている。
そのソファーに見慣れない老人が、一人でぽつんと腰かけていた。


誰?
見慣れない人だが...どこかで見た事もあるような...近所の知り合いが遊びにでも来ているのだろうか?
それにしても何故あんな所で、一人離れて座っているのか?
頭頂は禿げ上がり、白い眉毛 と口髭顎鬚を垂れ下がるほど伸ばした老人は、
一見カンフー映画に登場しそうな老師匠といった風貌で、不思議な雰囲気をたたえている。
老人はにこにこしながら薄暗い隣の部屋からこちらを見ていたが、想と眼が合うと会釈(えしゃく)した。
思わず想もペコリと頭を下げる。
悠一が桂三枝似の顔に、一瞬不審そうな色を浮かべるのも気付かずに...。

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