《MUMEI》
沈思黙考
いつからだろうか、人と話せなくなったのは。


私はそこそこの人見知りである。
私にとって誰かとコミュニケーションをとることほど難関な事はないと言っても、過言ではないのだ。

一人で考え事をする、頭の中で何かの結論を生み出す時などは、冷静にジャッジし、的確だが通俗的ではないといえる持論が頭の中で素早くできあがる。

…少しばかり滑稽な自画自賛に聞こえるかもしれない。
だが実際にあったこと、私の論文が、共に宗教で活動していた科学者の父を持つ少年に羨まれ、ひそみに倣われてしまった。結果その少年の父親のコネもあるおかげで少年の論文が私を差し置き評価を受けた。
しかし科学者の父を持つ少年がなぜあの様なノット不惜身命な宗教に居たかは未だに疑問である。

と、このように私の頭で考えることはどこかの誰かに模倣されるほどの賢く面白味のあるものなのだ。

だがそれは、頭の中のお話。

いざ初対面の人間と会話をしてみようとなると、頭の回転が低下、というか私の頭がその人とのトークが始まるという事実を放棄してしまっているように思える。


…というわけなので、人とろくに会話ができない。

宗教で雑用をしていた頃も、ゲリーさん以外に心許せる人はいなかった。


同い年の子供達には根暗で泣き虫な私を鬱陶しく思われ距離を置かれ孤立した。

年上の男の子達にはいじめられて、平手打ちや蹴りは日常茶飯事で、酷い時は死体置き場に一晩閉じ込められた。

大人たちからはただただこき使われる。仕事をミスすれば三日分の食事抜き…というわけにはさすがにいかず、三日目の朝食は許された。



……こんな環境で育てば誰しもが、人と話せなくなると思うのだが、これは個人的な持論だろうか。

……そんな訳はないな。



そんなことを、私は馬車の中で黙々と考えていた。
一度悪いことを思い出すと、頭の中で嫌な記憶が次々と連想され、いつしか頭痛が止まなくなる。

そもそも揺れる乗り物からはa波が放出され、人は静かな快楽を得る筈なのだ。
それがどうだ、気づけば頭痛を起こせば良しな連想ゲームと化しているではないか。



…………はぁ。

静かにため息を吐くと、窓の外に目をやった。
ずっと下を向きネガティブに浸っていて気づかなかったが、いつの間にか馬車に乗った時見た景色とは一変していた。

先程船を降り港からすぐ馬車に乗り、その時目にした景色は、青い空と青い海、人が緩慢に楽しみたいと思うであろう景色だった。

しかし今現在目にしている景色は、「乾燥」している。


砂漠が、近くなってきているのか。


乾燥した空気、
サラサラと微かに聴こえる砂の音、
しおれたように見える草木、




こんな乾いた世界を、私は初めて見た。



ガタンッ

勢いよく馬車が止まった。
私は御者に運賃を手渡すと、ゆっくりと、歩き始めた。

さっきまで馬車の中でひたすら考えていた悪い思い出のことなど、考えるよしもなくなっていた。

一歩、二歩、三歩、

千鳥足のように、不安定に歩き始めた。


賢く面白味のあることを考え出す私の頭が、予想する。











この先に、何かが待ち受けているのではないだろうか。

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