《MUMEI》

その頑なな様に、播磨は深々しい溜息を一つ
相手の頭をかき回してやりながら
「もうちょい我慢しぃ。何とか、するから」
大丈夫だから、と何度も言って聞かせる
何の根拠がある訳でもない
無責任な事を言っていると播磨自身思いながら
それでも、目の前の相手をむざむざと危険い晒す事だけはしたくなかったのだ
「行ってくるな」
「……なんで、志鶴君ばっかりなの?」
「ん?」
「……俺にだって、出来るよ。もう、子供じゃない」
言って終わり
相手は播磨の手を振り払うとその場から走り出す
「ちょっ、待て!このアホ!」
つい喚き散らしてしまいながらその後を追う
相手が向かったのは、遊郭
止めなければと何か嫌な予感を覚えた播磨は、兎に角止めなければと追う脚を早め
そして到着したそこで見た光景に、播磨は眼を疑った
「……姫さん?」
そこに立って居たのは日和
まるで物言わぬ人形の様にソコに在るばかりの日和の手は血で酷く汚れていて
その足元には、相手が無様な姿で倒れ伏していた
「……どういうことや?姫さん」
相手を庇ってやりながら日和を睨み付ける播磨
視線が重なり、だが其処に普段の日和の表情はない
「播磨、ソレを返して」
ようやっと返ってきたかと思えば、そんな言の葉
日和の周りを、またあの黒い何かが覆い始めている
あれは、此処に在ってはいけない何かだ
下手に手を出せば引きずり込まれてしまう
播磨はそう警戒し、日和と距離を取る
「……そう。なら、その子でいい」
言うや否や、播磨の背後に溢れ出した(夜)
振り返ってみればソコに、吐いてきてしまっていたらしい少女の姿が
(夜)に覆われ恐怖に眼を見開いてしまっている
「姫さん、やめぇ!!」
ドロドロと広がる黒いソレ
まるで水に溺れるかの様にもがきだす少女
その腕を掴み、その黒の中から何とか引き摺り出してやった
「……姫さん。自分、本当にどないしたん?」
二人を両の腕に抱え込み、庇ってやりながら日和を見やる
だが日和からの返答はなく
僅かに眼を見開き、播磨の方を見やるばかりだ
「……わ、たしは。私……は」
発する言葉が段々と覚束なくなっていく日和
その足元からはあのドロドロとした(夜)が溢れ出し
そして水風船が割れるかの様に、日和の姿がその黒い何かに変わりそして夜に同化していった
「……認めて、欲しかっただけなの、私は。私の、(夜)の存在を」
声だけが耳の傍で鳴り、播磨は辺りを見回す
だが声ばかりで日和の姿は何処にも見えない
「姫さん、何処や!」
叫んではみるが、その声は深い黒の中へと吸い込まれ
その声の余韻すら残らず消えてしまう
どうすればいいのだろうか?
現状を打破する策が全く見出せず、播磨は舌を打つ
「……志鶴、君?」
その内に腕に抱えたままの相手の意識が戻り、掠れる声が播磨を呼んだ
何かと見えないながらも声の方へと向いてやれば
「……ここ、怖いね。すごく静かだ」
言われて、気が付いた
この黒の中、全く物音がしていないという事に
播磨立ちの呼吸の音と、心臓の脈打つソレ
他の気配をまるで感じない
「……(夜)へようこそ。播磨様」
闇雲に動く事はしない方が得策だろうとソコに居た播磨へ
その背後からの徐な声
間近に現れた人の気配に、播磨は腰を低く身を構えた
次の瞬間、突然に目の前が開けてきた
暗闇に眼の方が慣れてきたのか、辺りの景色が僅かだが見え始める
「し、志鶴君、アレ!」
叫ぶ声を上げる相手が指差した先
何かあるのかと、そちらをまじまじと見てみればソコに
大量の人の死体を見た
「ねぇ。コレ、一体何なんだろ?」
震えてしまっている相手の声
それは播磨自身、今すぐにでも誰かに問い質し答えを得たい状況で
何をすることも出来ず、唯ソコに在ると
「夜さ来い、夜さ来い」
微かに歌う様な声が聞こえてくる
ソコに居たのは、日和
だがその姿はドロドロと赤黒く、ヒトの姿を半ば保ってはいない
「夜さ来い、夜さ来い」
播磨の存在に気付く事も無く、ひたすらに(夜)を呼ぶ
「……まだ、足りないの?欲張りな子」
その日和の周りに漂う、黒い何か
日和はまるで愛おしいモノにしてやるかの様にソレを撫でてやる
あれは、一体何なのか

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