《MUMEI》

 若い男性の声がした。助けに来てくれたのだろうか。
「誰だよ?先生の担当はこの僕な」
「お前の解雇通知と俺の担当先が記された書類がある。見れば?」
 声の主は宇川に彼の解雇通知を見せつけた。
「嘘だ!」
「こっちが俺の担当先を記した文書。お前の名前はどこにも書いていないだろう?」
「うぅ…そんな…」
 宇川は見せつけられた文書を見て途方に暮れていた。
「わかっただろう?解ったんならさっさと出て行きな」
 宇川は渋々と部屋から出て行った。
(助かった…)
 カナは宇川が出て行ったのを確認して安堵した。
「甘月先生?」
 カナは、さっきの声が間近に聞こえてハッとした。近くに若い男性の顔がある。宇川のパンパンに浮腫んだ顔とは全然違う、整った顔立ちだった。それに加え、垂れた前髪は明るい茶色でサラリとしていて指通りが良さそうだ。
 その顔だけでドキドキしてしまうのに、彼の真剣な眼差しがカナをさらに緊張させる。彼女は恥ずかしさのあまり、瞑ってしまった。
(この人もきっと…)
 カナを襲う、そんな予感がした。怖くてさらに強く瞑る。
 ―――スルッ
 宇川によって拘束された両手の紐が解かれ、それは自由を取り戻す。続いてさらされた下着姿の上に布、捲り上げられたワンピースが直された。
「怖がる必要はありませんよ?」
 するりとカナの身体とソファーの間に、細いけれど逞しい腕が潜り込む。そのままスッとやさしく抱き起こされた。
「ありがとうございます…」
 カナはモジモジしていた。
「いえ…勝手に入って来てすみません」
「そんなに気にしないでください!…えっと」
「どうかなさいましたか?」
「貴方が担当さんですか?」
「あ、はい。これを…」
 カナに一通の文書が差し出された。そこには目の前にいる男性の名前と、担当先であるカナのペンネームが記されていた。

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