《MUMEI》
aural-catcher
「堕ちたもんだなァ、こんな御時世に善いヒーローが現れたもんだと感心してたんだぜ、俺ァ」

「落魄しない人間なんて可愛くないわ、善いヒーローだった≠ゥらこそよ、己に悪の皮を着させられる様が実に綺麗に見えるのはね。」

「は…くだらんな、見るに堪えないだけだろう」




俺はえげつない会話をする二人の数歩後ろに位置し、一応追従笑いを浮かべておいた。
二人に俺の媚諂っている様子は勿論見えやしないだろうが、二人の背中から感じられる威圧感を目の前にすれば、そうせざるを得なかった。

この二人は、あまり世間には流布していない会社の社長と副社長なのである。
そして俺は、しがない秘書だ。

Earl De Morgan(アール・ド・モルガン)

この名は俺から見て左側にいる男の名で、彼が社長である。

この男はとんでもなく周囲に威圧感を放ち、きっとただ者ではない限り面と向かってみようと思う奴はいないだろう。
身長は2m近い大男だ。体格からして俺は勝てない。絶対。

顔立ちはどうかと言うと、決して悪くはない。だが、人をバカにしたような眉間にしわを寄せ八の字に垂れ下がった眉、眉と同じく垂れた目元、重たそうな瞼が余計こそ鰐のような鋭い眼光を際立たせていて、鼻筋は高く骨っぽいが綺麗であまり存在感を感じさせず、口元は大きく、常に本当にいやらしく口角がつり上がっている。

この男の顔を凝視できるやつなんて、少なくとも俺は見たことがない。

発言については、だり否定するつもりはない。血も涙もない発言しか耳にしたことはないが、的確なのであるからなんとも言えない。そう、彼の発するひとつひとつの言葉にはとてつもなく知性を感じる。
尚且つ、上品なのである。
「〜じゃねェか」「〜の筈だぜ」などと言った、男口調なのだが、なぜだろうか、綺麗≠ネ男口調なのだ。
このようにこの男には凡人には理解し難い不思議な面をいくつも持っている。

悪人にしか見えないのだが、いや、悪人らしいからこその魅力を、感じる人は感じる。



「おい、Mr.カトー」

「あっ!?はい!」


驚いた。
不意に声をかけられえらく情けない声を漏らしてしまい、少しばかりの羞恥心にかられる。

Cato Shockley(カトー・ショックリー)
これは俺の名前。
この間抜けな名を呼ばれる度にうんざりしたものだ。


「なんでしょうか?」

俺が問うと、彼は社長室の大きくて重たそうな扉を開けながらなに食わぬ顔で話した。
「今日限りでお前の秘書としての勤務は終了する。今までご苦労。昨晩お前の更迭が決定した。」




………………は?



「ちょっ………!待って下さい、私そのような事は何も伺っておりません!納得のいく説明を…」
冗談じゃない、俺の努力の積み重ねでやっとこさ得たキャリアが……………

「そっ、それよりも………!次期秘書は一体どなたなのですか?」
俺が真っ先に気にした事は次の役職ではなく、俺の後釜はどこのどいつなのか、それだった。






「Camilla Rainwater(カミラ・レインウォーター)」





………カミラ・レインウォーター


俺はその綺麗な名前を、ただ綺麗と思うだけだった。呆然としているのは後釜の名を知れた≠ゥらではない。この砂漠に埋もれた地の中心部に位置する、唯一のオアシスではあるがそれでもまだ潤いはせず乾いているこの場所にある建物、この会社に、

似つかわしくない、綺麗な名をした女がやってくる。



何故か悔しみはいつしか消え失せ、期待ばかりが俺の心を満たした。


この会社の人間を、この国を潤してほしいという、根拠もクソもない期待。

あくまで、ただの望み。

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