《MUMEI》
周章狼狽
馬車を降り茫洋とした砂漠を歩き続けること約1時間。

目的地には未だたどり着けていない。



………喉、足、腕、頭皮
体のいくつもの箇所が壊死してしまいそうだ。




………………砂漠を、侮っていた。


喉は焼け付きそうな程乾き、足は棒になりそうな程疲れ、腕は重たい大荷物を抱えているため痺れはじめ、頭皮は砂漠の直射日光に容赦なく照らされ焼けてしまいそうになっている。
時間帯も相当悪かった。
太陽が気持ち悪いほどジリジリと照りつける昼時に砂漠のど真ん中を長時間歩くものではない、本気で。

この時点で此処での暮らしに、安穏は期待できないと悟った。

まぁ心の中で弱音ばかり吐いていても仕方ないので、右手に持っている地図に再び目を遣る。
すると目的地までそう遠くはない所まで着ているようで、ひとまずは肩を落とす。
そして汗をぬぐい前を見てみると、少し離れた所に果物屋を発見した。
どうやらそこではこの地で採取した果物から搾り取った100%果汁のジュースを売り物にしているようだ。
私は遠くからでも微かに香るその綺麗な色をした果物に惹かれ、その店に立ち寄ることにした。
良かった、これでやっと喉を潤せる。
よく見ると室内には椅子とテーブルもあるようで、特に混んでいる様子もなかったので休憩がてらジュースを飲むことにした。

「すみません」という私の小さく張りのない声に店の店主と思われるガタイのいい男が果物から液を搾りながら「はいよ!」大きく張りのある声で返事した。

とりあえず1番安いジュースを頼み、1番日当たりの悪そうな席を選んだ。

まず腰を落としたことにほっとする。
次に綺麗なピンク色をしたジュースをストローから少しずつ吸い上げ、一口飲んだ。


………生き返った。
そして美味しい。こんな美味しい飲み物は生まれて初めて口にした。
今までの宗教施設では水さえもろくなものではなかったから尚更美味しく感じる。
体が命じるまま、本能のままにゴクゴクとあっという間にジュースを飲み干した。

私は大変満足し、一息つくと地図と時計を再び確認する。
目的地には随分近づいており、手紙に記されていた時刻までにはちゃんと辿りつけそう。

もう少し体を休めておきたい。
私はもうしばらく此処で休んでから出発しようと思い、うーんと背筋を伸ばした。


すると、店の裏側が何か騒がしいことに気づく。

何事かと思い、店の裏側が見渡せる窓の方を見ると、一人の中年男に人だかりができている。
その男は顔を真っ青にし、動揺を隠せずイライラが加速的に増している様子が伺えた。

非常に嫌な予感がする。


……どうやら私の当たらなくてもいい予感は、ご丁寧に的中したようだ。

男は、懐から銃を取り出し、それを乱射し始めた。


悲鳴と銃弾の音が交えるのを聴いて、私はまるで人の神経が肌に突き刺さるようなこの上ない緊迫感を覚えた。


………いや、この感覚はいつしか経験した気がする


そんな自分の考え事を遮り、一旦銃を下ろし男は断末魔のような奇声で喋り出した。

「芥子だ!!芥子のせいだ!!あのクソアマが悪ィんだよぉ俺が!!俺がこんなんなったんはあぁァあぁ!!!」

唾液を飛び散らかさせながら喋り続ける。

「あれぁモルヒネなんかじゃねぇ!!悪魔の薬だ!!俺ぁあれ打たれてるとき全身で感じたんだ、人の拒絶を、焦燥感が嘔吐と共に襲ってくる感覚を!!だがそう憚りながらも黙って薬打ち込まれたよ、これで痛みは緩和されると断言するもんだからあのクソアマがなぁ!!………常に常に常に常に襲ってくるこの痛み、これぁ………、手術の結果云々じゃねぇんだ!!最初は医者の腕のせいにしてたがな、薬のせいだ!!!訴えてやるあんな芥子!!芥子女を!!俺が死ぬ前にお前が死ねぇあぁぁあ!!!」






…留まることのない男の暴言、周囲の人間の悲鳴、そして私のざわりざわりと下から上へこみ上げる恐怖感。



私はこの光景だけに臆しているわけじゃない。
この光景によって引き起こされたフラッシュバックに今、ただただ唇と膝を震わせている。




(…助けて…………、誰か、……………………………………誰か…!)











「…うるせェな、豚野郎」

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