《MUMEI》

少しの間此方を見つめた後、くるりと左を向き、紙類で散らかった机の上のペットボトルを手に取って、俺の目の前に突き出した。

「話せないんじゃあ君を此処に呼んだ意味がまるでなくなってしまうんだ。だから、怪しいかもしれないがこれを飲んでくれないかい?」

言った通り、まるで怪しかった。

ペットボトルには日本の某天然水のラベルが付いているが、それも疑わしいところだ。

喉が焼け付いた様に痛む為、矢吹を睨み反応を見る。

「そんな怖い目をするな。毒は入っていない。第一、君に死なれたら私が困るんだ。」

確かに、此処に俺も来るのは予想外だっただろうし、あんなゲームを計画的に行う矢吹の事だから現実での命の取引はしないだろう。

取り敢えず水を飲むことに抵抗がなくなった。が、しかし。

腕が拘束されている為、ペットボトルを掴む事さえ出来なかった。

「おい…ゲホ……!」

その事を伝えようとすると、また咳が出る。それを分かってやっているところに矢吹のいやらしさが滲み出ている。

「拘束を外す訳にもいかないので、嫌かもしれないが私が飲ませよう。」

そう言うと、用意してあったらしいコップをペットボトルの置いてあった机上から取り、ペットボトルの蓋を器用に片手で空けて水をコップに注いだ。

俺はどうしようもなく鳥肌が立った。

コップが口に付けられ、ゆっくり傾けられる。

吐きそうな位寒気が走ったが、なんとか中身を全て飲み干し喉が潤った感覚を覚えた。

「気持ちワリィ…。」

躊躇うことなく嫌味を口にすると、矢吹は少しも動じず「酷いなぁ。」と笑った。

俺が押し黙って周りを見ようと目を泳がせると、それを止める様に矢吹が声を発した。

「聞きたい事は無いのかい?君はこの現状が理解出来る程賢くなかった筈だが。」

憎たらしい声で俺に問う。

「俺の事をそんなに理解してくれているのにわざわざ聞くとは、卑しいな矢吹。」

半笑いで言い返すと、矢吹は満足気に口の端を吊り上げた。

俺の目の前にある高そうな椅子に矢吹が腰掛け、足を組んだ。

「そう思われるのは癪だから真摯に対応しよう。現状に関して質問があったら私にしてくれて構わないよ。」

細かな言い回しに気を付けながら、俺は細心の注意を払って質問を始めた。

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