《MUMEI》 出会いその人は心を玩ぶ、罪な人間。 「なっ…んだよてめぇ………!」 中年男は更に恐慌にきしてしまった。 理由はというと、その場に居合わせていれば誰しもが察するであろう。 ある男の登場に、中年男は震えあがりそれによって銃を握る手はカチャカチャと音を立てている。 するとどよめく周囲の人間達の一人が呟いた。 「アールだ……… アールドモルガンだ………!」 …………アールドモルガン? 何やら聞き覚えのある名の気がして、汗ばんだ額を掌で拭い記憶を遡る。 この時私に逃げるという選択肢を選ぶのは容易であった。現在私がいる果物屋の出入り口は中年男の事件が起きた場所とは真反対に位置するので、逃げるのはいとも簡単である。 …が、 「豚野郎」と、この上なく侮蔑的な発言を容易に口にする男に、私は大変気圧されてしまっていた。 ……彼は、一体何者なんだろう。 黒髪をオールバックにし、この死にそうな程暑い砂漠であるにも関わらず高級そうな分厚い毛皮のコートを羽織っている。 私は見惚れているのだろうか、 あの悪人顔は私の方を向いているわけではないのに、私を逃がそうとしない。 どくどくと鼓動が波打つ。 「てめェが言ってんのァ、メコノプシス≠フ事か」 その男が口を開いた。 ………メコノプシス? 「お前のことはよく知ってるぜ。何しろウチのカジノの常連客だからなァ。あんな毎日ウイスキー片手に入り浸ってる様じゃあ女房とガキに愛想つかされ逃げられる。そんなこたァ必然的に発生しかねんと少し考えればわかると、俺は思うがね」 「ッ……!うるせェぞクソ野郎!!カジノのオーナー如きに説教される筋合いはねェ!!」 「国の安泰の維持のため努めるのも、仕事のうちでね。とりあえず君とは冷静に話し合う必要があるみてェだ。場所を変えよう」 暴れていた中年男は完全に押し負かされ、悪人顔の彼は狼狽した人間相手にも何ら取り乱さず淡々と話を進めていった。 …ところで、カジノのオーナー? 果物屋の窓の外から姿が見えないようにしゃがみこんで、先程の二人の会話をよく思い出す。 カジノのオーナー、メコノプシス、アール・ド・モルガン……、 思考回路を巡らすと、ひっかかっていた単語二つの意味は思い出した。 それは、 「ぎゃああああああああああ!!!」 ……………私はまた、周章狼狽した。 再び震えだした体を必死に押さえ、しゃがみこんだまま恐る恐る上を向く。 …すると果物屋の出入り口の扉が破壊されており、ガタイのいい店員の姿は既になく、そのかわり二つの影が新たに現れた。 「かっ……!こっ……!ごめんなさっ……!」 「よくもまあ、ウチの商品の何の根拠もねェ悪評をでけェ声で吹聴しやがって……」 私は気づかれない様テーブルの下身を縮めて、今にも漏れそうな声を、必死に堪えた。 中年男は彼の威圧感に、迫力に、世界の終わりを目の前にした様に怯えている。 すると彼は、男の首に手をかけた。 「手術後の不適切な飲酒、食事等の生活習慣、被害妄想などの精神的症状。お前の死因は自己管理の怠り、心の弱さによって引き起こされた……ということで世間は納得するだろう」 「ちょ……!ぁああ………か……か はッ……う…………」 するとギリギリと男の首を締めていく。 このままだとあの男は死ぬ。どんな理由があろうと、その人が何をした人間であろうと、人が人を殺めることはいけない。…これは私の持論だ。それは誰しもが生きる上での常識だと心得ていること、しかしその固定概念は脆い。人を殺してはいけないという常識は本当に簡単に麻痺するのだ。失意、絶望、悔悟、憎悪。負の感情による、頭と心ではどうしようもない、本能的なコントロール≠ノ人は勝てない。 …私にはわかる。 人が人を殺してはいけない。 一度殺戮をすれば、あらゆるものへの恐れは違ったものに変わりゆくのだ。 この男が今人の首を締めているように 私も……… ザーーーーーーー !!! 「やめて!!!!」 「…………………あ?」 ……しまった。 「なんだてめェは………」 あの時確かに、忘却からノイズがはっきりと聞こえた。 そしてこれが、私を狂わせた出会い。 前へ |
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