《MUMEI》

 「志鶴君、大変だよ!」
翌日、目を覚まして見れば何故か夜だった
随分と寝過ごしてしまったものだと髪を掻き乱す播磨だったが
慌てた様子で言えと飛び込んできた相手に、そうではないらしい事を知る
「夜が明けないんだ!もうとっくに昼なのに!」
からくり時計を確認しながら、相手は慌てた様子で
それはそうだろう
本来、陽の光があるべき日中にそれが無いのだから
播磨はやれやれと溜息を吐くと、寝巻を着替える事も無く草履を突っ掛け外へ
「何処いくの?志鶴君」
相手も慌てて草履を履き播磨の後を追う
何処へ行くのかを改めて問うてくる相手へ
だが播磨は答えて返す事はせず歩くことを続け
暫く歩き、着いたソコは花街の入り口だった
この怪異現象の発端は恐らくここだと
播磨は遊郭へとその中を進んでいけば
その道中、いたるところにひとが倒れている
「……志鶴君、あれ」
相手が震える声でそれを指差す
死んでいるのだろうか、恐らくはそう問いたいのだろう事を播磨は察し
改めて周りを見回してみる
ああ、もう皆生きてない
倒れていヒト皆が口から黒い何かを吐き出し白目を剥いているのだ
この状況で生きていると思えるほうがどうかしている
「……夜さ来い、夜さ来い」
わずかに離れている場所から聞こえてくるか細い声
聞き馴染んだその声に向いて直ってみれば
そこに、日和がいた
気乱れた着物を引き摺りながら彷徨う様にただ歩くばかりで
見て明らかに常軌を逸していた
「あと、追ってみよう!志鶴君!」
相手に促されるがままに播磨もその後を追う
そして到着したのはやはり遊郭
入ってみた其処は、以前見たその場所とはまるで違っていた
どろどろとした黒いものに覆われ、人々の表情も皆虚ろなそれだ
「あら、播磨様。私に会いに来てくれたの?」
背後から声が聞こえ向き直ってみれば首に腕を回され
己が欲に忠実に、その黒いソレは播磨を求めだす
「ずっと、あなたに触れてみたかった。ようやく叶った――」
其処に、最早ヒトとしての理性はない
只其処に在るのは純粋な欲のみ
こうなってしまえば、所詮人も獣と同じだと
播磨は派手に舌を打った
「……悪いけど、アンタには興味ないわ。堪忍」
感情の籠らない謝罪に、その黒はゆらゆらと揺らめき出す
「あなたは、いつもそう。他人になど興味を持たない。どうして――」
「興味ないもんはしゃあないやん。ソレに理由が要るんか」
「だから、あの子も見捨てたというの?」
「は?」
「あなたさえその子を見捨てなければ、この街は(夜)に侵されることはなかった!」
どうして見捨てたりしたのかと播磨へと食って掛かる相手
何故、どうして
聞かれたところで、あの頃の播磨にはそうするしかできなかったのだ
ソレが、播磨の雇い主であった日和の両親の望みだったのだから
だが
「……俺が、追い詰めたんもいっしょか」
その結果が今、目の前に在る
どうすればすべてに償えるのだろうか、と
目の前の黒を見やりながら考えてみるが解らない
だがこのままこうしていても状況は好転擦ることはなく
播磨は目の前の黒を横目みながらまた歩き始めた
「志鶴君……」
二、三歩後ろを歩く相手の心配気な声に
何とか笑みを浮かべると、大丈夫を返してやる
「……やっぱり、志鶴君は強いよ」
上へと上る階段を探すため歩き回る播磨の背後
二、三歩遅れて付いて歩く相手からのそれに播磨は足を止める
そして僅かに振り返ることをすると、相手の頭へと手をおいていた
「……行くぞ。離れんなや」
口元に薄く笑みを浮かべて見せれば相手は安堵したかのように頷いて返す
ソレを確認し、播磨は見つけた上への階段を一歩上った
その直後
「此処まで、来てしまったんですね。播磨様」
向かいから降りてきた人影
播磨を見、蔑む様な表情を浮かべて見せる
「最早手遅れです。もうじきすべてが夜に眠る」
「それで?」
だから何なのか、と返してやればその人影は僅かにため息をつき
その懐から徐に刃物を取って出した
これ以上話すつもりはないと言わんばかりに相手はその刃を播磨へと差し向ける
間近にまで迫られ、ようやくその姿をはっきりと見ることができた
「……面白い形しとんな。自分」

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